ツーリズムの再始動へ「新たな日常(ニュー・ノーマル)」におけるツーリズムのあり方について

旅行・観光における「新たな日常(ニューノーマル)」とは、旅行中の様々な場面での感染リスクを最小限に抑える感染防止策が自然に組み込まれた常態をいいます。 先日当社が参加した世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)のリカバリー・イニシアチブで、今後起こりうる市場やプロトコル(手順)の変化、宿泊施設やレストラン、会議施設、空港などでの具体的な取り組みや行動変容についての情報共有がありましたので紹介します。

熊田 順一

熊田 順一 主席研究員

印刷する

目次

1.旅行・観光における「新たな日常」とは

日本では緊急事態宣言が5月末まで延長されることとなりました。安倍総理の記者会見では「コロナの時代の『新たな日常』を一日でも早く作り上げなければならない。」との発言がありました。

「新たな日常(ニュー・ノーマル)」とは、2008年のリーマンショック時、経済危機から立ち直っても、もとには戻らず、構造的に変わらざるを得なかった新しい常態を指す言葉として、アメリカの経済学者達らが提唱しました。今回の新型コロナウイルスの影響においても、2020年2月頃から世界各国において、変わらざるを得ない私たちの「新たな日常」を意味する言葉として多用されています。

旅行・観光における「新たな日常」とは、対COVID-19(新型コロナウイルス)ワクチンの接種機会や治療が人々に広く行き渡るまでの間、旅行・観光における人々の活動によって広がる感染リスクを最小限に抑える感染防止策が組み込まれた常態を指します。「新たな日常における旅・観光」のあり方について議論し、認識を合わせていくことは、旅行・観光に関わる人々(旅行・観光事業者、旅行者、旅行地に住む人々)にとって旅行消費の健全かつ持続可能な再開にむけた大切な道標となると言えるでしょう。

新型コロナウイルスによるパンデミック宣言が出された以降、当社は世界旅行ツーリズム協議会(以下:WTTC)のWTTCリカバリー・イニシアチブ(以下:イニシアチブ)へ参加し、WTTC加盟企業や世界の国と地域における旅行と観光の好事例の共有や情報収集を始めました。観光関連の国際機関との連携の下、当社はイニシアチブを通じた各国政府の渡航制限・観光業界支援政策の情報収集や世界各国政府に対する政策提言に関わり、「新たな日常における観光・旅行」について議論を進めています。本文では、今後起こりうる市場やプロトコル(手順)の変化について日本の旅行・観光産業にとって参考になる情報について、共有したいと思います。

2.市場の回復シナリオについて

回復する旅行形態の順序は、どの国においても自宅を中心に徐々に遠方に向かうと考えられています。日本の場合、具体的には自宅周辺のレストラン需要から回復し、近隣日帰り旅行、国内における滞在型旅行(ステイケーション)、次に隣国旅行、アジア内や欧州内といった地域内旅行、そして大陸間の長距離海外旅行への順序で回復が進んでいくといわれています。日本国内の旅行市場で考えてみれば国内における食事や日帰り旅行、そしてアジア・太平洋地域の旅行が回復すると考えられます。インバウンドにおいてもアジア・太平洋地域の市場の戻りを意識していくべきだと考えます。また、感染の影響を受けにくいと見受けられる18〜35歳の若年層旅行者が、最初に旅行活動を開始するセグメントであるとの見解も出ています。感染検査などに十分に留意し取り組んでいく市場であるとも考えられます。

3.ホテル・宿泊業界での取り組みや変容について

また、当たり前であった旅行時の手続きも、「新たな日常」の中で変容していくことが想定されます。旅行で必ず求められるチェック・イン/チェック・アウトの手順は、実は人と人との接触や不特定多数の人の手が触れる機会の頻度が高い業務です。よってその作業手順を抜本的に見直すことが必要となるでしょう。具体的には手荷物取扱業務、現金や書類などを取り扱う業務における手指消毒手順の導入や、Webによるオンライン・チェックイン対応、無人決済ステーションや非接触型キャッシュレス支払導入、業務のペーパーレス化等を進めていくことでリスク低減につなげることができます。

ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を意識した施設や機器利用の再配置も重要な取り組みになります。レストランや会議施設の定員収容を再検証し、事業計画の見直しや今後の商品・サービスに反映していくことも、現在取組むべきことの一つです。またクラスターが発生したスポーツジム等の運動を伴う施設は2メートル以上の間隔を取っていくことも留意しなければなりません。ソーシャル・ディスタンスはお客様向けの空間だけでなく、従業員の作業空間においても留意されなければなりません。オフィス・作業個所の人員密度を計測して適切な設備を整えていくことや、密閉空間であるエレベーター等の運搬機器を利用する業務で2メートルのソーシャル・ディスタンス確保が困難な場合、階段経路等の利用等の手順も検討する必要もあります。

4.航空業界・クルーズ業界での取り組みや変容について

航空業界やクルーズ業界を取り巻く環境変容も議論されています。旅行者は出発空港や到着空港で感染検査を受けることを求められる可能性があります。既にエミレーツ航空は4月から10分間で結果の出る簡易血液検査の実証を開始しています。5月に入り、ロンドンのヒスロー空港では紫外線による荷物トレイの消毒対応、サーモグラフによる頭部体温検査、非接触型のセキュリティ検査具導入をしました。

今後、航空利用者数が回復するにつれて、空港滞在中や搭乗中のマスク着用や、ソーシャル・ディスタンスを保った着席等の検討を進めていくことや、接触者を追跡するモバイルアプリ等と連携するなど乗員・乗客の中に感染リスクに対する細心の注意を払う仕組みも検討されています。また機内や船内における感染防止を確実なものとすべく、乗務員はマスク・手袋の着用と頻繁にその交換を行い、客席・客室の清掃を頻繁に行う等の更なる対策を実施しています。クルーズ船内のブッフェや飛行機内の食事サービス等の提供の仕方等についても、更なる議論がされていくでしょう。

WTTCメンバーのカーニバルクルーズは船内での手指消毒徹底をはじめとし、新しい挨拶手法として握手やハグではなくハンド・サイン(手話)を紹介したり、ブッフェ時の新マナーの紹介をしたりしています。エミレーツ航空や日本航空は機内清掃の徹底やチェック・インやサービス時における飛沫感染を防ぐフェイスシールドや衣服カバーの着用、弁当タイプのパッケージミールや飲み物の提供等新たな手順や手法の導入についてWebページや映像で紹介を開始しています。

5.入国・出国、越境時におけるルールや手続きについて

今後、WTTCイニシアチブ内で注目されているのは、各国の入出国あるいは越境時に義務付けが想定される感染検査手順とその基準です。特に欧州、アジア、アフリカを目的地とした旅行や観光は、複数の国々を周遊する傾向があることから、各国の手続きや基準を周辺国と統一していかないと、往来上の不自由さが生じる可能性や、訪問地として避けられる可能性も出てきます。査証免除のようにアジア・太平洋地域など、複数の国と地域が同一基準をもって応対手順や基準を決めてシームレスな旅行の実現を意識していくことも、今後の議論の中で重要な観点になります。その中で5月5日にニュージーランドとオーストラリアの両首相が発表した両国の往来を可能とする旅行回廊構想(環タスマニアにおける新型コロナウイルス感染安全旅行地帯構想)議論は「新たな日常における旅行・観光」の未来に希望の光をもたらすものであり、注目をしていくべき取り組みです。こういった枠組みを日本としても進めていくことで東アジア地域、あるいはアジア太平洋地域における海外旅行やインバウンド旅行の復活が早まっていくかもしれません。

今後、新型コロナウイルスとの共存期である「新たな日常(ニュー・ノーマル)」下において、旅行・観光に関するプロトコル(手順・基準)について、様々な議論が世界中で一気に加速化していくことが想定されます。

その議論の推進にあたっては持続可能な観光の考え方を踏まえ、地球市民としてのグローバルな視点、旅行者としての視点、旅行・観光に携わる働く人々の視点、観光地に住む人々の視点という4つの視点から俯瞰して議論を進めていくことが重要だと考えます。今後も旅行・観光業に携わる皆様方と本イニシアチブで議論される内容を適宜、共有をしていきたいと思っています。

参考出典