【特別寄稿】アフターコロナの観光復活 ~北海道十勝地区での回復のシナリオと未来~

新型コロナウイルスは、世界中の観光に大打撃を与えていますが、その一方で、収束後の回復のシナリオを構想し、具体的に準備を進める動きも出てきました。今回は、他県に先立ち2月末に緊急事態宣言が発令された北海道で、北海道ホテル(帯広市)の経営の傍ら、十勝地区全体の観光振興および地域活性化に、広い視点で積極的に関わる、若手リーダーの林克彦氏に、十勝地域およびホテルの先を見据えた現在の取り組みについて寄稿していただきました。

林 克彦

林 克彦 株式会社北海道ホテル 取締役社長

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目次

1月中旬、北海道のローカルTV番組出演とIR視察のため米国フロリダに1週間滞在した。そのときに新型コロナウイルス感染症の第一報、「原因不明肺炎が中国武漢市で発生、蔓延している」という内容をネットニュースで知った。当時は誰しもが対岸の火事であり、SARSやMERSのようにいずれ落ち着くだろうと予測していた。しかし、1月末以降、日本を含むアジアに広がり現在では世界中を恐怖に陥れている。十勝では2月末から4月末にかけて感染者が2名確認された。以降感染者は報告されていないが、当然ながら全国同様、観光業は大きなダメージを受けている。

本文では地方での観光、すなわち政令指定都市ではない規模のエリアでホテルや飲食店などを運営する経営者の視点に立ち、新型コロナウイルスからの復興に向けて、どのようなシナリオを描き、前進しようとしているかを述べていきたい。

1.十勝の観光ブランドが低かった時代から現在までの取り組み

2008年に観光庁が設置され、全国各地が観光振興で競い合う中、大規模農業を中心とした第一次産業が主体の十勝は、「美味しいものは食べられるが、見るためにわざわざ訪れる場所が無い」というイメージが強く、道内の素通り観光地としてあまり人気が無かった。これに危機感を持っていた私は、域内に点在していたガーデンとこれらの観光地を結ぶ風光明媚な道路自体が観光資源になると考えた。ガーデンは北海道独自の気候や風土、周囲の景観を生かした、他県にはない個性に溢れた庭造りで知られ、ガーデニング愛好家や、アクティビティ目的の家族連れが訪れていた。これらを知名度の高い富良野を旭川と十勝で挟み込み、点から線へと連携させる仕掛けを行った。同時に広域周遊させるため旭川空港ととかち帯広空港を発着拠点に、点から線、さらに面へと広がりを持たせた。2泊3日のモデルルートを作り、「北海道ガーデン街道」という名を付けた。2009年のことである。初年度はリーマンショックの影響もあり、旅行は「安近短」の傾向。地元への認知も含め、半径250kmの自家用車利用の域内の人たちに来てもらい、満足してもらおうと力を注いだ。その後、北海道ガーデン街道の認知が広まり、3年ほどで35万人だった観光客は55万人まで増え、狙い通りガーデン施設だけでなく、ホテルや旅館、飲食店などエリア全体に経済的な好影響をもたらした。

そして昨年、NHKの朝ドラ「なつぞら」で十勝が撮影舞台になるなど話題が増えた。また景気が安定していたこともあり、2019年度上期(4〜9月)道外からの旅行者は全体で16.1%増の約206万人、うち宿泊客は13.1%増の104万人と好調を維持していた。放映2年目にはドラマを見た多くの人でさらに賑わうという過去データもあり、今年も期待していたのだが、今回のコロナショックは大きな痛手となっている。

2.ホテル社長就任後の2つの新しい経営手法とコロナ危機での活用

北海道ホテルの経営を引き継いだのは2017年3月。約3年間、特に2つの点を重要視してきた。1つ目は、ホスピタリティ業に特化した会社運営と人材育成の方法「ホワイトボードマネジメント」で、独自で創り出した。具体的には、個人やチームの育成、問題発見やプロジェクト運営を通じた課題解決、目標の設定と達成に向けた戦略をマーケティングとイノベーションの視点での立案、意思決定やコミュニケーションなどを円滑に行うための手法である。これらを会社全体で理解することで、現場で起こる問題をチームで素早く共有でき、より精度の高い意思決定が部署内で行われ、円滑に解決に導くことが可能となるのである。

2つ目がキャッシュフローと生産性向上への取り組みであった。これには一部の経営幹部だけではなく、より多くの社員を巻き込むことが必要だった。それまで支配人やマネージャーは顧客対応が中心業務であり、決算資料を読み解き、高所から問題提起する機会はほとんどなかった。定期的に勉強会を開催し、その部署で生産性が低い、あるいは高い「もの、時間、サービス」は何かを学び、議論し、改善する事でキャッシュフローも大幅に改善できていったのである。

どちらも社内専用SNSを活用し、正確な情報共有や素早い意思決定をスタッフ自ら行えるようになった。物凄い進化だと考えている。今回、新型コロナ問題でも、各部署で生産性と顧客満足を両立させながら適切な行動がとれていると感じている。

また今回の危機的状況下で、父親で当社会長の林光繁がよく言っていた言葉を意識した。ドイツ帝国首相で「鉄血宰相」と呼ばれたオットー・フォン・ビスマルクが残した「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というものである。私はバブル経済と崩壊当時は学生で、またリーマンショック時も現場作業がメインだったため、経営者としての経験も歴史から学ぶ知恵も足りないことに気付いた。これを教訓に私はSNSを通じて、このような経済危機をよく知る人物とコンタクトを取ろうと決意した。

ホワイトボード

写真:ホワイトボードマネジメント(イメージ)(写真提供 (株)北海道ホテル)

3.足元への危機への対処・・・回復のシナリオは「外・近・単」

新型コロナの感染が広がり、人の移動が減少し始めた頃、社会や市場動向の判断材料の1つとして参考にしていたのがレオス・キャピタルワークス株式会社の藤野英人代表取締役社長だ。藤野氏とは一昨年、帯広市や地元銀行などが主催するイノベーションのための勉強会で知り合った。

日経平均株価が落ち始めた2月25日時点で藤野氏はSNSで「とりあえず自営業の方は、どうしても必要なものをのぞいてリフォームとか投資は控え、キャッシュを持っておいたほうが良いですね。(中略)資金繰り対策をしておかれたほうがいいです。地方の方はおそらく状況をよく把握していないと思うのですが、とにかく資金繰り対策が大事です」とコメントしていた。すぐに総務支配人と打合せを行い、メインバンクと折衝、同時に1年間分の資金繰りを確認し売り上げが激減しても給与などの支払いに影響がないようにした。3日後、北海道で全国に先立ち緊急事態宣言が発令され、より深刻な事態に進んでいることが周辺にも理解されていった。

同時に、新型コロナの収束は、具体的には8月中~下旬ごろになると仮定し、国内旅行回復のシナリオを描いた。収束時点での景況感は緊急事態が長引き、かなりの落ち込みが考えられた。そこで、2008年に起こったリーマンショック・金融危機時の国内旅行でよく使われた言葉、安くて近場の短期滞在レジャー「安近短」をヒントにした。本格的には9月のシルバーウイークから動き出すと予測し、観光は「外・近・単」がキーテーマになると構想した。3密を避け、外で楽しめるガーデンや紅葉見学、キャンプなどのアウトドアやアクティビティが基本となり、遠方よりは比較的近隣の、家族やカップルなど2〜4人程度のグループ単位で、温泉付きのホテルや旅館で過ごし、道の駅などにも車で立ち寄ったりする旅行機会が増えると考えている。よって、当面は「半径250kmほどの近隣の方々に来てもらう仕組みづくり」をしていかなければならない。来訪者には、今後つながりを意識したホスピタリティでファンになってもらうこと。その上でお客様からその地域を応援しよう、また行こうと思ってもらうような次なる仕掛けをしていかなければならないと考えている。

一方、過去数年、日本の観光経済を押し上げてきたインバウンドの再興は最短でも1年半から2年と言われている。十勝では2018年度の延べ宿泊者数237万人泊のうちインバウンド比率は約8%と、他の道内主要観光エリアより低かった。農業など第一次産業を中心とした経済活動が優先され、インバウンド営業における活動が遅かった背景がある。その分、食やガーデン、温泉などの自然環境を活かし、地元、道内、国内、インバウンドとバランスよく旅行者を取り込んできた。結果、新型コロナウイルス発生後も4月の帯広市内の宿泊稼働率は10社平均で約40%弱と底堅い数値を残している。だからといってインバウンドを軽視するわけではない。地元や道内に加え、同時に国内、インバウンドと4本柱戦略の再構築が必要と考えている。

 

4.旅行者が激減する中、地域が一体となって新しい取り組みを始める必要がある

最近、新型コロナ収束後のニューノーマルが論じられているが、一方で旅行者の価値観や行動も前提が変わると考えられる。そのカギとなるテーマの1つは「公共交通を利用して海外や都市部の3密エリアに行くことを警戒する」、もう1つが「地方での解放感ある癒しと即効力のある活動や健康を求める」がではないかと考えている。

そこで、緊急事態宣言下ではあるが、温泉とサウナを有する5つのホテルで協力し合い4月16日に十勝サウナ協議会を立ち上げた。きっかけは昨年参加したフィンランド・サウナツアー。十勝と自然景観や食べ物が非常に似ており、サウナ観光の有望さを確信した。従来型の乾燥した100度超えのサウナと違い、フィンランド式サウナは湿度があり息苦しく感じないため快適で入りやすい。健康や美容など身体だけでなく精神的にもリラックスできると、メディアでも頻繁に取り上げられている。

同協議会ではコロナの収束を見据えながら、地域連携する事で、旅行者がリーズナブルに施設を巡るサウナパスポートの発行、サウナ後に十勝の美味しい食材を食べるサウナ飯開発などを進めている。そのほかにも地元の病院と連携し人間ドッグならぬサウナドッグを開設し、医師からサウナ前と後に診察を受け、健康に関する様々なアドバイスを得られるなどユニークな取り組みを進めている。
 
アフターコロナ対策として政府は大規模なキャンペーン施策を打ち出すという話がある。過去においては自然災害後に被災地で復興支援割引が行われたが、今回は全国が対象になることから、多数の競争相手から十勝が選ばれなければならない。そのためにもまずは地域に愛される資源を観光関係者が連携して、魅力的な目的地・デスティネーションへと磨きあげていかなければならない。また、メディア側が取り上げたくなるような新しくて、画期的なものでなければならず、今こそ地域で作り上げておく必要があるのではなかろうか。

5.今後、地方と企業は災害などのリスクとどう向き合っていくべきか

昨年の8月に十勝を訪れた中国企業家20人ほどの前で環境と観光とをつなぐビジネスについて講演する機会があった。テーマは「持続可能な環境視点と優良な経済成長」であり、講演後には多くの質問があり好評だった。その後新型ウイルスが落ち着いた中国から4月中旬にオンライン講演の依頼があった。彼らの関心は、なぜ北海道は自然災害が多い中、復興が早く、観光も素早く立ち直れることができるのか?というものであった。

北海道で起こる自然災害は大きく分けて地震、噴火、台風、雪害の4つがある。しかしながら、これらがあることで温泉や湖、枯渇しない清らかな水、豊かな森林、雪を使用したイベント、そして神秘的な美しい自然環境を体験できるのである。自然災害と恩恵は表裏一体であり、敬わなければより多くの被害をもたらされる―と講演した。今回の新型ウイルス問題が環境要因だとすれば、人はより互いに信頼しあい、環境を意識した暮らしや経済活動を行うことでリスクは低減していくのである。

最後に

皆さんはホワイトアウトをご存じだろうか。大雪と暴風により視界が白一色になり、方向などが識別不能となる現象の事だ。私は十勝から札幌へ行く途中に体験した。恐怖から車を停止すれば後ろから衝突され、前で事故を起こしていれば追突する可能性があるため、なす術がなく、前後左右を見ながらゆっくりと運転するしかない。そのような状況でも通りすがりのライト、前に見える赤いテールランプなどが確認できた時は、一瞬ほっとするのである。

現在の心境はまさにホワイトアウトの中。このような中での自分にとっての収束とはなんであろうか。それは数カ月前のように多くのお客様に利用いただくこと、そして信頼する仲間や取引会社と再度つながることではなかろうか。では希望をもたらす一筋の光とは。これまでの日常業務に戻れることだと思うが、もうそれはあり得ないと私は考える。ITやコンサル業などに身を置き変化に対応している友人や知人はZoomやSkypeなどオンラインを使用した営業、ミーティング、飲み会、講演、学習、リモートワークなどすでにいたるところで仕事の変革を進めている。地方における観光業界の本当の一筋の光とは、ゆっくりで良いので、前後左右を注視しながら新しい日常をつくるため前向きに意識を改革し、実践していくことではないかと考えている。