旅にも「予防」や「免疫」がキーワードとなる時代へ

Withコロナ、Afterコロナで今注目すべき旅は、「免疫力を高める」旅です。コロナ禍で疲れた心と体を、豊かな自然や機能的な食材、地域の伝統的な療法などにより元気に取り戻そうとする世界のツーリズムの動きから、日本に求められる新しい旅の在り方を考察します。

臼井 香苗

臼井 香苗 研究員

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目次

新型コロナウイルス(以下コロナ)感染拡大により、人々は「世界的に・同時に・長期的に」予防へ意識が向くようになりました。

こうした予防に対する意識は、「免疫力を高める」価値を重視するようになり、市場も動かしています。コロナ禍による価値観の変化は旅においても同様で、世界では予防を目的とした「免疫」をキーワードに、「新しい旅」が取り組まれ始めています。この流れに日本の観光はどのように活かせるのか、コロナ後の新しい旅の形を考えます。

1.新型コロナウイルスによる「免疫」への注目と「旅行」への価値観の変化

コロナ禍において求められる新しい生活様式の大半は「我慢」や「自粛」を必要とするものであり、閉塞感の中で長期的な心身の疲労を余儀なくされている人は数多くいると思われます。

そうした中、ウェルネス業界の世界的なリーダーらが集まるGWS(Global Wellness Summit)の最新レポート「The Future of Wellness 2021」では、今後注目される9つのウェルネスのトレンドの中の2つに、「免疫」と「旅行」を挙げています。

特に免疫については関心が高く、日本ではコロナと免疫力に関連する新書が次々と発売されたり、インターネット上の記事も多く見られ、スーパーでは機能性ヨーグルトや納豆などが品切れになったりすることもありました。このような現象は、調査結果にも表れています。株式会社サイバーエージェント次世代生活研究所の調査(調査時期2020年6月)よると、コロナによる自粛期間の終了後も意識して続けたいことに「免疫を考えた食事をとる」「免疫力が高まるように生活習慣に気を付ける」といった「免疫」を意識した項目が上位に選ばれていました。また、株式会社富士経済の市場推計では、2020年の体調・免疫サポート食品の国内市場は8,823億円の見込みで、昨年度比5.2%の増になるとしています。この動きは日本だけではありません。世界では免疫力向上に「ビタミン」や「ハーブ」が注目されており、中国、台湾、シンガポール、チェコやチリなどでも、消費者の需要が急増したと報告されています(EUROMONITOR 2020)。国を問わず多くの人が感染症予防のために自己防衛としての「免疫」に関心を持つようになったことがわかります。

旅行については、健康の維持増進は古くから旅の目的のひとつではありましたが、コロナにおいて、さらにその目的が強くなったのではないでしょうか。JTBの調査によると、今後の旅行で重視したい目的として「観光スポット・名所を訪問する」という従来型の旅行から、十分なコロナ対策はもちろん、「健康増進」が増え、「日常生活から解放される」「休養・リラックスするため」といった項目が高い割合で求められていることがわかりました。

また、健康の維持・増進を主な目的として、旅の中で健康的なアクティビティやプログラムを楽しむ旅を特にヘルスツーリズム/ウェルネスツーリズムといいますが、この市場も世界的に拡大傾向にあります。ウェルネスツーリズムの市場調査レポート「Wellness Tourism Market by Type,Application, and Geography – Forecast and Analysis 2020-2024(2020)」によると、このような健康を意識した旅行市場は、2019年の7384.4憶ドルから、2024年には1兆539.1憶ドルに成長すると評価しています。

こうした人々のニーズに対応するべく、これからの「旅」に、予防としての「免疫」をどのようにとり入れたらよいのでしょうか?

2.免疫の仕組みと旅の効用

「免疫力を高める」ことを理解するために、2つのポイントについて説明します。

(1)そもそも「免疫」とは、どのようなものか?

免疫とは、細菌やウイルスなどの病原体から体を守る仕組みのことで、体に侵入してきた病原体を白血球らが攻撃し、体内環境を一定の状態に保つ働きのことです。もともと人の体に備わっている自然免疫と、一度侵入した外敵を攻撃することでその情報を記憶する獲得免疫があります。ワクチンはこの獲得免疫の仕組みを利用したものです。

(2)免疫の「働き」を高めるためには?

人の免疫細胞の約6~7割は腸内にあるといわれるため、腸内環境を整えて善玉菌の割合を増やし、働きをよくすることが重要です。(腸内環境の整え方については、厚生労働省の健康情報サイトe‐ヘルスネットも参考になります。
食品以外にも、適度な運動や入浴により血液循環を良くして体温を上げることや、質の良い睡眠をとること、そしてストレスを軽減することなども大切です。特に慢性的なストレスは、免疫機能に刺激を与える自律神経系や内分泌系のバランスを崩すため、ストレスのもとになるストレッサーを少なくすることや、ストレッサーから一時的に離れることなども有効でしょう。

旅に出かけるということは、適度な運動を促すだけでなく、日常のストレッサーから一時的に離れることができます。こうした「非日常」を体験することは自律神経を刺激したり、感情の変化を促すことにつながり、「転地効果」が得られるといわれています。こうした旅の中で、さらに「免疫を高める」ことを意識したアクティビティや食事を楽しむことは、コロナで疲れた心と体を癒し強くすることができると考えています。

3.世界のツーリズム事例で知る~これからの旅行に求められる「免疫力向上」を視野に入れた考え方

いち早く、このような人々の意識の変化、予防のニーズに対応するため、ヘルスケアに焦点を当てた旅に力を入れ始めている海外3か国と国内の例をご紹介します。

まず、国家的な動きがあるタイと韓国の事例です。

タイは従前から医療も含めたヘルスツーリズムに重点をおいていましたが、タイ国政府観光庁(TAT)では、現在「アメージング・タイランド・ヘルシー・ジャーニー」キャンペーンを立ち上げて、さらに注力しています。先進的な西洋医療だけでなく、タイの代替療法・伝統医学やウェルネススパを紹介し、アフターコロナの滞在プランを提案しています。また、これまで美容のイメージが強かった韓国では、より対象を広げた「韓国ウェルネスの旅」として、韓国国内のヒーリングスポットやウェルネスリゾートだけでなく、政府が積極的に進めている「森林浴」(森林療法)等も紹介しています。また、2018年から文化体育観光部と韓国観光公社は、「ウェルネス観光地」を選定しており、コロナ後の観光においては、ヘルスツーリズムでさらに多くの観光客誘致を図っています。

また、先述のThe Future of Wellness 2021で挙げられているのは、ドイツのウェルネス施設Buchinger Wilhelmです。100年以上の歴史を持ち断食治療や統合医療を行う施設で、免疫機能を高めるための特別なプログラムが行われています。医師による診察のもと、顧客ごとの個別のプログラムが組まれ、針治療やクナイプ療法(ドイツ発祥の自然療法)などを受けることができます。

Buchinger Wilhelmi Doctor

画像提供:Buchinger Wilhelm

Buchinger Wilhelmi Daily Walks

画像提供:Buchinger Wilhelm

国内では、ハレクラニ沖縄で「免疫力を強化するメニュー」の提供を始めました。発酵食品などの腸内環境を整える食材だけでなく、沖縄の強い紫外線に耐えるためのフィトケミカルを多く含んだタンカンやモロヘイヤ、ナーベーラー(へちま)やゴーヤーといった緑黄色野菜を用いた料理で、彩り鮮やかに提供しています。また、古くから日本にある温泉療養「湯治」の文化を活かし、星野リゾートの界では、「うるはし現代湯治」を提供しています。滞在中に運動や栄養、そして休養の取り方といった過ごし方の提案の他、お灸の置き方や肺機能を高める呼吸法のレクチャーを行う「ほぐしとお灸のいろは」というサービスも提供しています。先述した、地域の特色や文化、代替療法などが日本国内においても、このように取り入れられています。

ハレクラニ沖縄前菜

画像提供:ハレクラニ沖縄

ハレクラニ沖縄メイン肉料理

画像提供:ハレクラニ沖縄

これらのサービスに特徴的なのは、サプリメントのようにピンポイントで効果を求めるのではなく、個々の健康状態や生活習慣に適した代替療法や伝統的な医療も含めた包括的なケアを提供していることです。また、安さや量ではなく、「施術者の技術」や「感動が得られる空間」などの「高付加価値化」している点も特長にあげられます。

4.「新しい旅」に求められる、自然と調和する日本の健康的な文化

日本には、古くから自然へ敬意を払い、調和を大切にする文化があります。世界のウェルネス分野で取り入れられている、マクロビオティックやマインドフルネス、WATSUなどは、日本にルーツがあり、そうした世界観を大切にしています。
またユネスコ文化遺産に登録された「和食」も、食材や調理方法だけでなく、自然の美しさや季節の移り変わりを楽しむという特長があります。さらに、日本は温泉地数、源泉総数ともに世界一、地球からの恵みである温泉を活かして、湯治の文化が発展した温泉大国でもあります。

人も自然の一部と考える日本においては、特に自然の豊かさと健康はとても密接な関係があります。すなわち、人で溢れかえる観光地や必要以上に開発されてしまった自然からは、人は健康になることができないと考えても不思議ではありません。
コロナ禍により人々の生活が制限され、旅行も思うようにできない現在です。しかし、再び人々の移動が自由になったとき、オーバーツーリズムなどの持続不可能で不健全な成長軌道に戻らずに、むしろ人にも地域にも、健全な旅行として再開し、長期的な視野を持つことが必要です。

これからの「新しい旅」においては、宿泊施設だけでなく、地域全体、ひいてはインバウンドも見据えて、こうした健康と自然という真の豊かさを追求する旅行客を満足させる旅の在り方が求められるのではないでしょうか。