観光の在り方を問う食旅
〜「沖縄Ryukyuガストロノミー」の取り組みを事例に〜

「食」は重要な旅の楽しみの要素であり、「フードツーリズム」など「食」を観光コンテンツとして活用する取り組みは全国で行われていますが、近年は「ガストロノミーツーリズム」と称した取り組みが増えています。本稿では2022年に沖縄において実施され、筆者も委員会メンバーとして参加させていただいた「沖縄Ryukyuガストロノミー」の事例などを通し、地域の観光振興における「ガストロノミーツーリズム」(以下「」内表記以外はGTと記載)の意味について考察します。

吉口 克利

吉口 克利 主席研究員
千葉大学 人文社会科学系教育研究機構 准教授

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目次

1.「ガストロノミーツーリズム」とは

UNWTO(国連世界観光機関)は「観光客の体験・活動が、食や食材に関連付いていることを特徴とする。本格的、伝統的又は革新的な料理体験と併せて、ガストロノミーツーリズムには地域の産地訪問、食に関するフェスティバルへの参加、料理教室への参加など、他の関連活動を含む場合もある」(*1)と定義しています。また、観光庁では「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズム」(*2)として、地域での推進を支援しています。これまでも「食」を観光コンテンツとして活用する取り組みは全国で行われており、これらの定義だけを見ても特に新しさを感じませんが、さらに、UNWTOのガイドラインの内容を見ると、地域の自然資源、文化資源、GT資源等の文化、生産者や食品産業、宿泊施設やレストラン、学校、その他事業者など、地域内でのバリューチェーンの構築が重視されています。また、旅行者に対しては、「ストーリー」、「交流」、「学び」、「感情を解き放つ」などの体験価値の提供が求められています。

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『UNWTO「ガストロノミーツーリズム発展のためのガイドライン』における旅の構成要素
出典:UNWTO,2018 「ガストロノミーツーリズム発展のためのガイドライン」

コロナ禍はそれ以前からの観光の諸課題を顕在化させ、地域の観光振興に対してサスティナブルな視点が求められるようになりました。単に観光による経済効果を求めるだけではなく、地域の自然環境、産業、文化、人々の生活の持続可能性を考慮した観光振興が求められる中で、地域内バリューチェーンの構築や、「食」の背後にある地域の風土や歴史・文化、人々の営み、食材の生産現場などを含めた体験を楽しむ旅のスタイルを提供するGTのコンセプトは非常に参考になるものと思われます。
 2022年12月にUNWTOとBCC(バスクカリナリーセンター)が主題する「第7回UNWTOガストロノミーツーリズム世界フォーラム」が奈良県で開催されました。今回の日本での開催は、全国でGTの推進を検討している地域の意識を高めることにつながったのではないでしょうか。

2.沖縄での新たな食の楽しみ方の提案「沖縄Ryukyuガストロノミ―《美ら餐》」

コロナ禍前の沖縄の入域観光客数は7年連続で過去最高を記録し、2019年には1,016万人に達していました。しかし、入域数を牽引していた外国人の入込は2020年4月から途絶え、観光が基幹産業である沖縄県は大きなダメージを受けました。このような中で、内閣府は外部環境の変化に強い沖縄における観光産業を構築し、沖縄観光の収益力向上を図ることを目的に「新たな沖縄観光サービス創出支援事業」を立ち上げ、コロナ禍において様々な事業が展開されました。「沖縄Ryukyuガストロノミー」もこの一環として2022年に実施されたプロジェクトです。
 沖縄県の「観光統計実態調査」(2018年)によると、沖縄県を訪れた日本人旅行者の大半が総合的に満足と評価していますが、「食事」の満足度を見ると、10代~40代までは半数以上が積極的に評価しているのに対し、宿泊施設で夕食をとる割合が比較的高い60代・70代以上では3割台と少ない傾向が見られました。また、本事業で実施した宿泊施設に対する調査においても沖縄料理を提供している施設は少ないことが分かりました。旅行者に沖縄の食文化の魅力を伝えることのできる確実なタッチポイントであるリゾートホテルで本格的な沖縄料理が楽しめないこと、ミドル層以上の年代層に沖縄料理の魅力が伝わっていないことは、大きなチャンスロスにつながっているという課題感を共有し、事業の主旨に賛同したリゾートホテル、観光施設において、「特別な場所、特別な時間、食と文化を味わう悠久の琉球」をテーマに沖縄の本格的な食文化を楽しんでもらえるプランの造成が行われました。

事業ではGTの先行事例等から、「沖縄Ryukyuガストロノミー」の指針として以下の6要件とホテルで開発するプランのルールを定めました。GTでは、その土地で生産された食材の使用は重要な要素になりますが、沖縄で生産される食材のみでは安定的な調達が難しいという課題があります。 
 また、リゾートホテルのシェフたちにGTのコンセプト、求められる沖縄の食文化についての知識などを持ってもらう必要もあったため、ガストロノミーツーリズムとは何か、沖縄の歴史・食文化、泡盛と食のペアリング、メニュー開発など、各分野の有識者を交えた勉強会が行われました。

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「沖縄Ryukyuガストロノミーツーリズム」の方針

沖縄は琉球王朝から継承されている食文化、東アジアや東南アジアとの長い交易の中で育まれてきた本土とは異なる魅力的な食文化があり、食べ物のことを「ぬちぐすい」(命薬)というように、地域の食材を活かした長寿につながる食文化が育まれてきました。勉強会では、この沖縄の風土と歴史の中で育まれてきた食文化を理解し、各ホテルがそれぞれの特色を出しながら沖縄の食文化を表現していくことが方針として共有されました。

3.リゾートホテルでのガストロノミープランの検討

今回の企画では、沖縄本島の5つのリゾートホテルで、ディナープランの開発が行われました。以下では、ホテル日航アリビラとノボテル沖縄那覇の事例をご紹介します。

(1)ホテル日航アリビラ ~お客様と沖縄の縁を取り持つ特別会席~

沖縄本島中部の読谷村にあるリゾートホテル「ホテル日航アリビラ」では、『島の恵 うとぅいむち会席』というコース名で、“琉球王朝時代に官吏たちが冊封使(さっぽうし)達をもてなしたストーリーに紐づけて、メニューを頼んでいただいたお客様を「沖縄」全体でおもてなしをする -前菜は畑人(ハルサー)から、お造りは海人(ウミンチュ)、すき鍋は牛農家(ウシカラヤー)からのもてなしとして地元の食材を楽しんでいただく。”をコンセプトとして、国内の40代以上のカップルをターゲットに想定したプランづくりが行われました。
 コース名の「うとぅいむち」とは「おもてなし」という意味で使われていますが、語源は「取り持つ」であると言われています。もとぶ牛や島野菜など地元の食材を使った料理を、読谷で焼かれた焼物(やちむん)の大皿に乗せて提供。プラン用に特別にセッティングされた雰囲気のあるテーブルで、料理の一品一品について食材や調理法などスタッフが細やかに説明します。また、お客様の前で料理を仕上げるなどの演出を加え、料理長の想いのこもった沖縄の食文化をゆっくり楽しんでいただくディナープランになりました。
 12,000円の価格設定で、事業期間中に食事をされたお客様の満足度も高く、ホテル側も“自分たちの料理に対する想いも変る”、“お客様に沖縄の食文化や魅力をたくさん伝えたい”と、今後の継続について前向きな意向を示しています。

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※ホテル日航アリビラ 提供

(2)ノボテル沖縄那覇 ~王様のテーブル(琉球フレンチ)~

那覇市内首里エリアにあるシティホテル「ノボテル沖縄那覇」では、“お客様と沖縄、沖縄食材とフレンチの美しい架け橋を目指すスペシャルディナー”をコンセプトに、40~50代の知的好奇心の高い夫婦をターゲットに想定したプランづくりが行われました。琉球国王が大切なお客様に提供するであろう「あやはし(架け橋)」となる料理として、食を「命の薬」(ぬちぐすい)として考える医食同源などをベースにした、その日のお薦めの食材と調理法をカウンターごしに料理長自らが説明。美しいフレンチのコースとして提供するディナープランです。
 15,000円の価格設定で事業期間中に食事をされた方の大半が満足と評価しており、“沖縄県でとれた食材を使うSDGsの考えが良かった”、“演出や接客が良かった。スタッフの皆さんの気持ちが伝わってきた”、“地産地消を意識した身近な食材を使われていて素晴らしく思った”など、プランのコンセプトも伝わっていることが確認できます。

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※ノボテル沖縄那覇 右:総料理長 前川シェフ

企画に参画したホテル側に継続意向を確認したところ、食材の安定的な入手など課題は多いものの、“自分の料理に対しての想いも変わるので”、“お客様へ沖縄の食文化や魅力をたくさん伝えたい”、“継続してブランドを残し、「Ryukyuガストロノミー」というワードを定着させたい”というように、どのホテルも積極的な意向を示しています。

4.観光施設でのMICE向けガストロノミープラン

事業ではリゾートホテルとともに、沖縄を代表する観光施設である琉球村でのプランの開発も行われました。沖縄本島中央部西海岸の恩納村にある琉球村は八重山など沖縄各地から戦禍を免れた貴重な住居・建物が移設された沖縄の歴史・文化、沖縄の人々の「うとぅいむち」(おもてなし)の心を伝える施設です。客足が止まったコロナ禍において今後の展開が検討される中で、GTのターゲットとして注目されているMICEによる来訪者のユニークベニューとしての活用を検討することになりました。
 プログラムは中国からの使節団を琉球王国の役人と村人がお迎えするという仕立てで、役人(案内役)を務めた沖縄県立芸術大学附属研究所准教授・組踊研究者の鈴木耕太氏が琉球王国の役人の衣装で、参加者を迎え入れ、沖縄の歴史、文化について説明を聞きながら村内をゆっくり見学します。コンテンツの高付加価値化では深い知識からのこの語りが非常に重要な要素になります。途中の古民家で琉球舞踊の演出。行程の中で沖縄の食文化についての知識も自然にインプットされていき、陽が傾きはじめたタイミングでゴールのパーティー会場である咲元酒造前広場に到着。100年以上の歴史を持つ咲元酒造は「首里酒造廠」として戦後最初に泡盛づくりを許され、泡盛の復興に尽力してきた酒蔵で、2020年に首里から琉球村に移転しました。泡盛とともに提供されたのが、琉球料理伝承認の資格を持つ、沖縄かりゆしリゾートEXES恩納の料理長が手掛けた宮廷料理。宮廷料理の盛り付けに使われた東道盆(とんだぼん)を模した器に美しく詰められています。料理を楽しみながら、ライトアップされた広場では琉球舞踊やエイサーが披露され、しっかりと沖縄の食文化がフィーチャーされたプログラムが造成されました。

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※(左)沖縄県立芸術大学附属研究所准教授 鈴木耕太氏による案内 (事務局撮影)
※(右)事務局撮影

5.「ガストロノミ―ツーリズム」の展望

今回の事業では、沖縄の食文化を、それぞれの施設のスタイルやシェフのこだわりに合わせて提供し、利用者の満足度も高かったことで、ホテル側の意識も高まったことは大きな成果であったといえます。一方で、地元の食材の安定的な調達や、同プランを外国人客にどう提供するかなど、課題も残されました。
 「沖縄Ryukyuガストロノミー」はスタートラインに立ったところであり、地域の生産者や地域の文化を彩る多様な主体とのさらなる連携など、ホテルを核に地域全体を巻き込んだ取り組みとなることが期待されます。取り組みを中断することなく、試行錯誤を続けながら地域としての取り組み、地域のブランディングへとつなげていくプロセスにこそGTの意味があるものと思われます。
 GTという言葉が広がる以前から、その要素を包含した先進的な取り組みは全国で行われていましたが、コロナ禍を経て地域の観光振興に対し量から質への意識の転換、サスティナビリティの視点が求められるようになったこのタイミングで、改めてGTの考え方を活用して、地域の食文化や観光の在り方を再考してみることは非常に意味があることだと思われます。

 
参考資料:
*1 UNWTO,2021『ガストロノミーツーリズム発展のためのガイドライン』
https://unwto-ap.org/topics/gastronomy/
*2 UNWTO/公益社団法人日本観光振興協会/株式会社ぐるなび,2018『我が国のガストロノミーツーリズムに関する調査報告』で使用された定義 
https://unwto-ap.org/wp-content/uploads/2021/04/b5e08da93ab3bbdfbc0fc3b3d63a022a.pdf
 
*「沖縄Ryukyuガストロノミー」の詳細については以下URL参照
https://ryukyu-gastronomy.jp/
*吉口克利,2023「“食×地域”による高付加価値なコンテンツ造り -「沖縄Ryukyuガストロノミー」の取り組みを事例に-」『運輸と経済』2023年7月号,交通経済研究所