どうする地域の観光データ活用

観光振興に取組む地域では、域内の宿泊客数データ等を収集し、客観的・合理的に誘客・消費拡大を促進するための活用方法を模索しています。多くの地域では1.データ収集、2.データ分析、3.施策の検討・実施、5.評価・改善のサイクルの実現を目指していますがなかなか上手くいかないという声も聞かれます。人手・財源も不足しがちな地域において、どのようにデータを有効に活用していったらよいのでしょうか。

岩佐 嘉一郎

岩佐 嘉一郎 主任研究員

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目次

1. 地域の観光関連データ収集の実態

そもそも市町村単位の観光関連のオープンデータというものは意外に少なく、現在も多くの地域では行政や観光団体が月別の延べ宿泊者数や外国人宿泊者数などを域内の宿泊施設や観光施設からの報告をもとに入込客数等を集計し、把握しているケースが多くみられます。この場合、収集したい項目が記載された統一フォーマットを事前にデータ提供元に配布し、メール等で回収するやり方が一般的ですが、施設側の事情によって行政側が希望するデータが提供できない、メールやFAXなどでバラバラに提出される、といったケースもあり、データ提供元にも集約側にも手間がかかる地道な取組となっています。

一方で、昨今は各地域のDMOや観光協会などを中心に対象地域のデータ収集・分析によるマーケティング・マネジメントが重要視され、全国あるいは地域ごとの観光動向を比較的早く追うことができるデータプラットフォームが開発・活用されはじめています。宿泊・人流のビッグデータにより、市町村ごとに宿泊客数、属性、単価なども把握でき、観光入込客数も推計値によって把握できるようになってきました。二次元バーコードによる来訪者アンケートを行い、観光客の満足度、観光消費額、リピート率などをプラットフォーム上で公表している自治体もあります。こうした取組みによってデータ収集の負担が解消されつつあるものの、データプラットフォームは市町村が日々のマーケティング活動において活用するには機能が多く、かえって操作の難易度が高くなり、定着しきっていないケースもあります。各地域のデータ活用にかけられるリソースやレベルによって、自ら収集するのか、プラットフォームを導入するのか、どのように活用していくのか判断していく必要があると思われます。

2. 地域の観光関連データ分析の難しさ

地域の観光関連産業・団体においては慢性的な人手不足もあり、そもそも分析スキルを有する人材がいない、域内で育成するにも時間とコストがないという声が良く聞かれます。観光は裾野の広い産業と言われ、多様な業種が関連しているほか、地域ごとに誘客力のある観光資源のジャンルや魅力、アクセス、受入体制も違えば、観光関連産業の強み・弱みも違っていて、地域としての稼ぎ方も千差万別です。そうした中で、例えば宿泊客の昨年同月比や前月比などの定量的な把握や、他地域と比較した自地域のポジションは確認できたとしても、地域の観光振興を進める上でどこが問題か、なぜそれは起こっているのか?など現状のデータを咀嚼・解釈して仮説を立てて深堀りし、次に地域として何をすべきなのか、事業者は一体何をすべきなのかを抽出することは難しい面があることは否めません。

そのような中、一般社団法人下呂温泉観光協会では、長年にわたりデータ収集・分析から施策の検討・実施~評価・改善までのサイクルをしっかりとまわし、現在も試行錯誤を繰り返しながら精度を向上させ続けています。一般的に難所となる部分をどのように乗り越えられているのか、ご自身で宿泊施設も経営されており、この取組みの陣頭指揮をとっている会長の瀧 康洋氏にお話を伺い、考察を行いました。

3. 下呂温泉観光協会の取組

下呂温泉では、50年前から域内の宿泊施設から宿泊客数とその属性、交通手段、販売チャネルなどの共通項目を市で集約・集計しています。このデータをもとにDMOでもある下呂温泉観光協会が地域のマーケティングの核を担っており、瀧会長によれば、「我々の中にマーケティングのプロはいない」とのことですが、2011年の東日本大震災後や2020年~新型コロナウイルス感染症拡大後も、データをもとに検討した施策を次々と打ち出し、国内の温泉地の中でもいち早く観光客が回復しています。「マーケティングのプロはいない」中、どのようにデータ活用を実現されているのでしょうか。
 

  1. データ収集・活用強化に向けた地域合意形成
  2. 地域の観光データ(宿泊施設、飲食店など観光関連施設利用者に関するもの)収集において特に大きな難所が二つあります。
    一つ目は、域内の事業者にとって大切な経営データである客数やその属性などを提供することに合意してもらうことです。地域の事業者からすれば、なぜそれらのデータが必要なのか、何にどう役に立つのか、自分達にとってどんなメリットがあるのか疑問に思うものです。
    下呂温泉においても、50年前からデータ提供者への協力に対して応えなければいけないというプレッシャーは常につきまとっていたと推測されますが、これに対して、瀧会長は「成果を出し続け、変化を実感してもらうことが重要」と指摘されています。実際に下呂温泉観光協会では「絶えず動き続けている組織をつくる」、「できることは全てやる」をモットーに、変化の早い観光マーケットに対応すべく、年間を通じて非常に多くの事業に取組まれています。

    二つ目は、観光事業者にデータを毎月集約してもらい、メールやFAXなどで送り続けてもらわなくてならないことです。労働集約型の観光関連事業者にとって、その手間は大きな負担となります。集約する側にしても、督促や不備のチェック、集計、可視化の手間がかかってきます。域内の宿泊施設ごとに宿泊客から得る情報がバラバラのため、データ項目が揃わないといったこともあります。

    この難所を、下呂温泉観光協会では「宿泊データ分析システム」(※1)を導入することで解決しています。このシステムは宿泊施設のPMS(Property Management System)やサイトコントローラーと自動連携させることも可能であり、集約対象の宿泊データを自動でシステムに取り込んでいくことができます。それらのデータは画面上で簡単にグラフ化が可能で、分析や資料作成もスムーズに行うことができます。また、システムに集約されたデータは施設名などを消し、数値を合算するなど加工した後、地域内で共有され、各事業者が地域全体の観光動向を把握できるようにもなっています。このデータから、事業者は域内の観光動向における共通認識を得ることができ、地域内での相対的なポジションを確認し、意思決定に活用することも可能になります。なお、下呂温泉観光協会では、あくまで地域全体を俯瞰し幅広い客層に向けた取組を進めることを担っており、その中の具体のターゲティングやポジショニングについては、各観光関連事業者が各々で行うようになっています。
     
    ※1宿泊データ分析システム
     宿泊施設等が保有している観光客のデータを収集し、施設ごとに地域ごとに宿泊者数の推移や国籍別の消費額等、観光客の傾向を可視化し、属性別の分析を可能とするシステム。
     宿泊施設のPMS、サイトコントローラーと自動連携することで、データ提供・集約の手間が省ける。分析機能もついており、地域全体と宿泊施設が自施設単体のデータを分析できる。※自施設のデータは自施設のみ閲覧可能で、他施設や地域(DMOや行政)からは閲覧できない。

    提供資料:株式会社JTB 霞が関事業部 観光DX推進チーム

  3. データ活用の手法
  4. データは毎月10日までに集約・集計され、その後10日以内に会議が行われています。データの分析については、必ずしも高度なデータ分析技術を使っているわけではなく、あくまで地域で収集された精度の高い宿泊データやその他の収集できるデータを定量情報として毎月モニタリングしながら、下呂温泉を取り巻く観光の環境変化(定性情報)と組み合わせてロジカルに現象を咀嚼・解釈し、プロモーション等の意思決定をされています。データを継続的にみていくことで、現在どのような客層がどう動いているのかを把握することはもちろん、国内外における最新の社会経済や観光動向を踏まえた肌感覚とのずれや想定していなかった挙動に対する違和感にも気付くようにもなります。下呂温泉観光協会では、最新の観光客の実態把握や施策のポテンシャル判断に役立てるため、ドライブインでのヒアリングや、キャラバンで訪問したエージェントの反応・状況を確認するなど、アナログな情報収集も重要視されています。なお、データの分析・解釈にあたっては、観光協会のデータ分析担当の方だけが行うのではなく、瀧会長をはじめ自地域の観光に深い理解を有し、観光関連事業の経営者として観光客のニーズや観光産業全般に深い知見を有する方々が自ら率先してきちんとデータを把握することによって解釈の精度を高め、より有効な施策・取組の発想につなげています。
     

  5. 地域におけるデータ活用推進のポイント
  6. 下呂温泉観光協会において、データ活用の取組を支える要素として重視されているのが、ビジョンの共有です。瀧会長は「地域住民の生活向上が観光振興の真の目的である」ことを域内に伝え、「地域一体となるために関係者を増やす」ことの重要性を説かれています。これは、観光地域づくりにおいて最も重要である住民(事業者)一人一人の参画意識の醸成そのものです。ビジョンへの賛同者にとっては、データを提供するという行為一つとってもごく自然な地域の観光振興への協力であり、そこに疑問や違和感は発生しづらいものです。さらに、定期的に共有されるデータの集計結果から、自地域が置かれている状況や取組の成果・変化について理解してもらうことで、客観的な数値によって共通認識を得ることができます。そこであらためて、データ提供の重要性について気づくこともあるでしょう。

    この他にも、地域内での「漏れやダブリのない組織づくり」によるリソースの集中や、瀧会長をはじめとする「観光協会のリーダーシップ」も重要なものとして挙げられます。

4. まとめ ~市町村のデータ活用に向けて~

最後に、参考として手間のかかる地域の宿泊データ収集・分析を比較的低コストでデジタル化しているヨロン島観光協会の事例にも触れておきます。ヨロン島でも、観光振興に宿泊施設のデータを活用したいと考えていましたが、小規模宿泊施設が多くデータ提供にまつわる手間やコストの負担をかけることができない、経営者が高齢化しているため複雑な操作を必要とする対応を求めることができない、という課題がありました。これに対し、下呂温泉観光協会が導入している宿泊データ分析システム機能を拡張、宿泊客のスマートフォンまたは宿泊施設のタブレットで宿泊データを入力してもらうことで、チェックイン業務をデジタル化すると同時に、匿名情報だけを宿泊データ分析システムに蓄積する方式を採用しています。これにより、PMSを所有しない宿泊施設でも宿泊者管理と宿泊データ収集・分析が可能になり、日々の宿泊客数や属性情報をマーケティングに活用できます。また、観光協会がリアルタイムで当日の島内の宿泊動向を把握し島内で共有することで、各観光関連事業者は自身のビジネス、例えば飲食店の営業時間の判断などにも寄与することも可能になると思われます。この取組は域内のデータ活用の難所の乗り越え方の一つのモデルであり、「成果を出し続け、変化を実感してもらう」ことにもつながる好事例と言えます。

地域のデータ収集については、取組を通じて「成果を出し続け、変化を実感してもらうこと」がポイントで、データの必要性、有効性を域内で理解してもらうためにも「共有」とセットで取組むことが重要です。分析や施策の検討については、人手や財源が不足しがちな行政や観光団体単独で行うのではなく、域内において観光分野の知見・ネットワークを有する方に深く関わってもらうことで有効な示唆を得て、実効性の高い取組につなげていくことも一つの方法と思われます。しかし、いずれの取組も住民(事業者)の方々に共感・協力を得ることが必要であり、取組継続のカギを握っています。市町村の観光課や観光団体がデータ活用に取組む際は、具体のデータ収集・分析の目的と合わせて、上位の「生活環境の向上」「所得の向上」など住民(事業者)の方々が自分ゴト化できる観光振興ビジョンや計画に紐づけて取組の必要性を訴えていくことも重要になるものと考えられます。

提供資料:株式会社JTB 霞が関事業部 観光DX推進チーム