持続可能な観光地の取組~ユニバーサルツーリズム先進県・ひょうご~

兵庫県は2023年に全国に先駆けて「ユニバーサルツーリズム推進条例」を制定しました。ユニバーサルツーリズムは「誰でも行きたくなる観光地」を育てるカギとなり、持続可能な観光の土台ともいえます。兵庫県のユニバーサルツーリズムの取り組みから持続可能な観光との関係性を考察していきます。

勝野 裕子

勝野 裕子 上席主任研究員

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目次

近年、観光における持続可能性(サステナビリティ)への関心が高まる中、誰もが楽しめるユニバーサルツーリズムの重要性が注目されています。高齢化や多様化する旅行者のニーズに対応するため、様々な地域でユニバーサルツーリズムへの取り組みが加速しています。今回は、ユニバーサルツーリズム先進県として注目される兵庫県のケースを基に、その現状と未来への展望を探ります。

1.兵庫県でユニバーサルツーリズム推進条例が施行された理由

兵庫県がユニバーサルツーリズムを推進するに至った背景には、大きく3つの要因があります。
1つ目は「社会の潮流」です。人口減少と少子高齢化が進む中、旅行者数の減少と観光市場の縮小は避けられない状況にあります。県内では、高齢者や障害のある方の割合が3割を超えており(図1)、今後ますます多様なニーズに対応する必要があります。また、「2025年問題」(※1)により、消費活動全体の低下も懸念されていることから観光産業においても誰もが利用しやすいインフラの整備や、誰もが楽しめる観光コンテンツの開発、受け入れ体制の整備といった対応が求められています。

(図1)関西3大都市の3区分による人口の割合

出典:人口推計(総務省統計局)都道府県、年齢(5歳階級)、男女別人口-総人口、日本人人口(2024年10月1日現在)

2つ目は「社会的要請」です。障害者差別解消法の改正により、2024年4月から民間事業者にも合理的配慮の提供が義務付けられました。まちづくりにおいても偏見や差別、固定概念をなくし、困りごとを抱える人の立場に立って考える「心のバリアフリー」の理解促進がこれまで以上に強く求められています。
3つ目は「兵庫県における観光面でのニーズの高まり」です。2024年に神戸で開催された世界パラ陸上、そして2025年の大阪・関西万博といった国際的イベントを控えていたため、多様な旅行者の受け入れ体制が喫緊の課題となっていました。
こうした背景のもと、2023年4月、全国で初めて「ユニバーサルツーリズム推進条例(※2)」が兵庫県で施行されました。「誰ひとり取り残さない」というSDGsの理念が、観光の現場にも根づき始めています。

2.条例が描く「誰もが旅を楽しめる社会」

兵庫県の条例が目指しているのは、単なる制度の整備ではありません。高齢者や障害者が「行きたい場所へ行ける」「やりたいことができる」、そんな“当たり前の旅”を実現するために、ハード・ソフト両面の環境整備と、受け入れる側のマインドの醸成を広く進め、それらを実際の場面でしっかりと機能させることにあります。

2022年の兵庫県の調査によると、障害や加齢を理由に「旅行を諦めたことがある」と答えた人が約半数にのぼりました(図2)。このような課題を受けて、兵庫県では、高齢者や障害者が行きたいところや交通手段、施設、体験活動などを自由に選び、家族や友人とともに安全で快適に旅行を楽しめる環境の整備を進めています。

条例では、以下の3点を柱として取り組みが進められています。

  • 受け入れ体制の充実(接遇の質の向上等)
  • 情報アクセシビリティの確保
  • ユニバーサルツーリズム推進への機運醸成

これらの目標のもと、兵庫県の担当者が中核的な役割を果たしつつ、県内の市町や観光事業者、県民、支援団体といった多様な関係者がそれぞれの立場で役割を担い、条例の具体化に向けた取り組みが進められています。

(図2)障害等を理由に旅行を諦めたことがある人の割合

出典:令和4年度 兵庫県観光振興課「ユニバーサルツーリズムの利用者アンケート」より

3.兵庫県で進むユニバーサルツーリズムの実践

条例を単なる理念にとどめず、観光の現場で具体的な変化を生み出しているのが兵庫県の取り組みです。令和6年度に実施した具体的な兵庫県の取組は以下の通りです。

  1. 観光関連事業者の機運醸成
    • 合理的配慮アドバイザーの派遣
    • ユニバーサルツーリズム推進トップセミナー
  2. 観光地の受け入れ体制の充実
    • ユニバーサルツーリズムおもてなし研修
    • ユニバーサルツーリズム推進連絡会の開催
    • ひょうごユニバーサルツーリズムコンシェルジュの育成
    • 「ひょうごユニバーサルなお宿」宣言・登録制度の展開
    • ひょうごユニバーサルな観光地づくりモデル事業
  3. 情報発信・プロモーション
    • ユニバーサルツーリズムモニターツアーを活用した情報発信
    • 県公式観光サイト「HYOGO!ナビ」での情報発信

ユニバーサルツーリズム推進条例のお知らせ

明石城のバリアフリーの現状

「ひょうごユニバーサルなお宿」宣言・登録制度とは、ユニバーサルツーリズムに積極的に取り組むことを宣言した宿泊施設を兵庫県が支援し、登録・情報発信を行うものです(※3)。
宣言には、①チェックリストによる自己評価と結果の公開、②従業員への接遇研修の実施またはユニバーサルツーリズムおもてなし研修の受講が必要です。ここで重要なのは、施設のハードのバリアフリー状況を評価することではなく、「まずは取り組む」という姿勢を経営層が社内外に示し、多様な方々を受け入れる従業員の意識を醸成することに重点が置かれている点です。
また、県が定めるチェックリストにおいて全73項目中35項目以上を満たすと「ひょうごユニバーサルなお宿」として登録されます。2025年5月末時点では、136施設が宣言を行い、そのうち74施設が登録を受けています。厚生労働省の「令和5年度衛生行政報告例」によると、兵庫県内には旅館・ホテル営業施設が1,433軒あり、そのうち約1割が「ユニバーサルなお宿宣言」を行っていることになります。県は登録を目指す宿泊施設に対してソフト・ハード両面から支援を行っており、登録施設はさらに増えることが期待されています。登録施設が増えることで、ユニバーサルなお宿を必要とする旅行者の選択肢が広がり、潜在的な旅行需要の掘り起こしにもつながります。さらに、地域全体の観光イメージの向上にも寄与すると考えられます。
また、「ひょうごユニバーサルな観光地づくりモデル事業」では、城崎温泉地区、湯村温泉地区、丹波篠山市の3地域が選定されています。これらの地域では、宿泊施設の整備にとどまらず、足湯などの観光資源のバリアフリー化やユニバーサルマップの作成といった取り組みを展開し、面的な観光地のユニバーサル化を進めています。
こうした取り組みにより、神戸市にとどまらず兵庫県内各地への周遊観光の促進も期待されます。

4.広がるネットワーク、深まる取り組み―ユニバーサルツーリズムの未来形

筆者は、2023年より「ひょうごユニバーサルツーリズム推進アドバイザー」として、兵庫県におけるユニバーサルツーリズムの推進に携わっています。中でも特に注目したいのが、「ひょうごユニバーサルツーリズムコンシェルジュ(以下、コンシェルジュ)」の育成です。
この制度は2022年度にスタートし、これまでに60名が認定されています。認定を受けるには、「ユニバーサルツーリズム概論」「障害当事者による講話」「車いすを使ったまち歩き」など、全5回の専門講座をすべて受講する必要があります。受講者は、宿泊業、介護業、観光業、観光協会など、多様な分野から集まり、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が育成されています。
認定後は、それぞれの立場から県内各地で観光のユニバーサル化に貢献しており、その姿はまさに地域ぐるみでの推進体制の理想形に近いと感じます。

この制度設計において特徴的なのは、単なる資格認定にとどまらず、「障害」や「合理的配慮」への理解を深めるとともに、コンシェルジュ同士のつながりを重視している点です。「学んで終わり」ではなく、育成後のフォローアップ研修を通じて、業種や世代、受講期を超えたネットワークが形成されていることは非常に意義深いものです。
コンシェルジュの役割は、高齢者や障害者の旅行の相談にとどまりません。障害を、個人の身体や機能の問題ではなく、社会の側にあるバリアによって生じるとする「障害の社会モデル」の理解をもとに、地域の多様性を受け入れる体制づくりの「要石(かなめ)」として、兵庫県の観光を支える存在となっています。
前述の「ひょうごユニバーサルな観光地づくりモデル事業」の城崎温泉地区、湯村温泉地区、丹波篠山市においてもコンシェルジュが中心となって地域のユニバーサル化をけん引しています。今後、全国的にもこうした「地域に根差した専門人材」の必要性はますます高まると予想され、兵庫県の取り組みは先進例として注目されていくでしょう。

ひょうごユニバーサルツーリズムコンシェルジュのロゴマーク

神戸市にある布引ハーブ園では車いすでロープウェイに乗ることができ、街並みを一望できる。

ユニバーサルツーリズムは、決して福祉分野だけのテーマではありません。高齢者や障害者に加え、子ども連れ、外国人旅行者、一時的にけがを負った人など、誰にとっても快適でやさしい観光地づくりにつながります。このような包摂性(インクルーシブ性)は、観光地における「持続可能性(サステナビリティ)」そのものと言えるでしょう。
観光の役割が、単なる経済効果にとどまらず、地域の豊かさや多様性を育むものとするならば、ユニバーサルツーリズムはまさにその核となるべき視点と言えます。兵庫県の取り組みが「持続可能な観光地の好事例」として、今後、他地域へ波及していくことが期待されます。

(※1)2025年問題については、コラム「インクルーシブな観光立国を目指すために」参照。
https://www.tourism.jp/tourism-database/column/2025/02/inclusive-tourism/
(※2)ユニバーサルツーリズム推進条例(通称)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/sr16/utjourei.html
(※3)「ひょうごユニバーサルなお宿」宣言・登録制度
https://web.pref.hyogo.lg.jp/sr16/universal-oyado.html