観光関連事業者として理解しておきたいLGBT理解増進法

2023年6月に性的マイノリティに対する理解を促す通称「LGBT理解増進法」が通常国会で成立しました。しかし、この法律の成立については、「もっと議論すべきであった」という論調も上がっています。観光関連事業者は、性的マイノリティの方々に対して、どのような環境整備をしていけばよいかLGBT理解増進法から考察します。

勝野 裕子

勝野 裕子 主任研究員

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目次

1.LGBT理解増進法とは

正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(※1)です。日本では、性的マイノリティに対する法整備は「世界から遅れている」という指摘を受けてきました(EUでは2000年に欧州連合基本権憲章の中で性的マイノリティに対する差別禁止が言及されている※2)。
 2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会のレガシーが「多様性と調和」ということもあり絶好の機会として法整備を行う動きがあったものの、「差別」なのか「理解」なのかという文言を巡り与党内の保守派の反対を受け見送られることとなりました。2023年5月に広島でG7が開催される直前に政府関係者による性的マイノリティに対する差別発言があったことを契機に議論が再燃し、6月にLGBT理解増進法が可決し施行されたという経緯です。
 LGBT理解増進法の要旨は、下記の通りです。

  • 基本理念を定め、国及び地方公共団体の役割等を明らかにし、基本計画を策定する
  • 性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性を受け入れる精神を涵養(徐々に養い育てること)する
  • 性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会を実現していく

今後、性的マイノリティに対する理解を進めるための基本計画の策定などが政府主導で行われ、行政や企業、学校などでは相談体制や研修などの環境整備について努力していく必要があります。

2.「性的指向やジェンダーアイデンティティ」とは

LGBTとは、性的マイノリティの方々を表す言葉として一般的になってきましたが、LGBTにも分類されないQクィア(性的マイノリティや、既存の性のカテゴリに当てはまらない人々などを指す)、クエスチョニング(自分の性別や性自認を模索している人などを指す)などの存在もあり、昨今はLGBTQやLGBTQ+などとも言われています。
 性のあり方は、①自分自身が意識・自覚している性別の「性自認(心の性)」、②恋愛感情や性的な感情の対象がどちらかという「性的指向」、③生まれた時の身体的特徴から判断される「身体的性(体の性)」、④服装や言葉・態度など自分らしさを表す「性表現」の4つの要素からなると言われています。
 性のあり方は、LGBT等のどれかに必ず属するというものではなく、①~④の4要素における位置づけや組み合わせによって、非常に多種多様です。
 性自認のことを英語で「ジェンダーアイデンティティ」と言いますが、LGBT理解増進法の中では「自己の属する性別についての認識に関するその同一性の有無又は程度に係る意識」と定義付けています。

Promotion-of-LGBT-Understanding

(筆者作成)

3.性的マイノリティの方々の困りごと

当社ではユニバーサルツーリズム推進の一環として、2021年に「性的マイノリティの方々の旅行における困りごと」に関する調査を行い(※3)、当事者に求められる受入環境の整備について考察を行いました。
 その中で、LGBTという言葉自体が、性的マイノリティの方々をひとまとめにして、個々の特性について考えられなくなっているのではないか、という結論に達したため本稿では「性的マイノリティ」という言葉を使っています。
 当社の調査結果で特徴的であったことは、「性的マイノリティ当事者は、自分の周囲にはいない」と回答した人の割合が多かったということです。

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集計軸にある「LGBT十分理解層」というのは、事前の設問で「LGBTについて内容をよく理解している」と回答した人です。

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この2つの結果を比較すると、若年層ほど性的マイノリティを理解し、周囲にいることも意識していることがわかります。インクルーシブ教育や情報発信などにより、性的マイノリティに対する知識や理解がある層が若年層から増えているのかもしれません。
 次に、「性的マイノリティに対してどのような考えを持っているか」という質問の結果を挙げると、「LGBTの人は常に課題をかかえている」と考えている人が、非当事者と当事者とでは14ポイント近い差になり、困りごとに関する意識のギャップが大きくあることがわかりました。

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今の社会はマジョリティがより快適で便利であるように作られてきました。一方で、その環境ではバリアができ社会で生活しにくいマイノリティも生まれています。人は自分が快適であると困っている人が身近にいることやおかしな対応を取っていることに気付かなくなったり、気付かないふりをしたりする傾向があると言われている(※4)ことが、この結果からも伺えます。

4.観光関連事業者として理解しておきたい性的マイノリティの方々への環境整備

性的マイノリティの方々の旅行に関するアンケートで具体的な困りごととして、

  1. 大浴場やトイレ:特に体の性と心の性が異なるトランスジェンダーが困る。また、情報や知識がなく性自認が確立していない子ども時代に、修学旅行がトラウマになってしまう。
  2. 予約時や情報収集時:不必要な、性別記載や異性愛前提の対応。必要以上の詮索をされたり、アメニティや浴衣、希望するプランが選べなかったりすることもある。
  3. スタッフ対応:レインボーフラッグが飾ってある場所でも、スタッフ教育が全くできておらず差別的な対応をされたことがある。
  4. 周囲の人の視線:じろじろ見られたり、差別的な言動を受けたりすることがあり自分自身を押し殺すことが多く、外出すら楽しめない。

といったことが挙げられました。これらを見ると、ハード面よりソフト面に課題が多いことがわかります。
 「どのように対応されると好感が持てるか」いう問いには、「普通の客として、同様の扱いやサービスを提供してくれること」という回答が最も多く寄せられました。サービス業に携わる人でも、初めて接するお客様には身構えてしまったり、ニーズを掴めなかったり、特に、相手がマイノリティの場合、無意識の思い込みや偏見が生じてしまうこともあります。
 時に、普段の会話で「あの人、あっち系だよね」などという話をすることはないでしょうか。「あっち系」や「オカマ・ホモ」、「オナベ・レズ」といった言葉は差別的用語です。もしかすると、友人や同僚の中に性的マイノリティでの人がいて、差別的な発言を耳にして、身近な人たちの無理解さに傷ついているかもしれません。
 観光関連事業者は、多様なお客様と接する機会が多いだけに、性的マイノリティの理解増進に関しても先進的取り組みが期待されます。まずは、身近な職場環境から差別的取り扱いやハラスメントとは何かについて理解を深め、誰もが気兼ねなく旅を楽しめる環境ついて考えてみてはいかがでしょうか。
 
(※1)内閣府 性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律
https://www8.cao.go.jp/rikaizoshin/index.html#law
(※2)2000年12月 欧州連合基本権憲章基本権憲章(Charter of Fundamental Rights of the European Union)
https://www.europarl.europa.eu/charter/pdf/text_en.pdf
(※3)2021年JTB総合研究所自主研究「性的マイノリティの方々の旅行における困りごと」
調査会社のパネルを利用し10,000人に対してアンケートを取得後、2018年~2020年に旅行に行った経験がある性的マイノリティ当事者100名と非当事者1900名を抽出しアンケート結果を分析するとともに当事者団体へのヒアリングと団体に所属する当事者79名からアンケート回答を得た
(※4)Finkelstein, Vic等 https://www.independentliving.org/docs1/finkelstein.html