宿泊・滞在・移住化へのシナリオ ~ニューツーリズムの視点から

ニューツーリズムに視点から見た、「ロングステイ」とか「長旅」という旅行の滞在型の流れとは、どんなものなのか。また、その実態を伴う取り組みのあり方とは何だろうか。

中根 裕

中根 裕 主席研究員

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週刊トラベルジャーナル誌 ・執筆 2008年8月11・18日号

ニューツーリズムに視点から見た、「ロングステイ」とか「長旅」という旅行の滞在型の流れとは、どんなものなのか。また、その実態を伴う取り組みのあり方とは。

このコラムの初回で、これまで見られなかった新しい観光ニーズや旅行スタイルを”ニューツーリズム・マーケット”として捉えると書きました。その視点から今回は”ロングステイ旅行”とか”長旅”といわれている滞在型の観光・旅行について述べたいと思います。2007年、政府が発表した観光立国推進基本計画の5つの目標のひとつに「日本人の国内観光旅行による1人当たりの宿泊数を平成22年度までにもう1泊増やし、年間4泊にする」と掲げられています。そして先般7月23日には、旅行者の滞在化を促進するため”観光圏整備法”(観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する法律)が施行されました。日帰りに比べ宿泊旅行はおおよそ3倍の波及効果を及ぼすと言われ、地域に宿泊してもらう、さらには連泊から滞在してもらうことが、地域の活性化の上で重要なテーマなのです。

地域や旅行業界の側でも滞在型旅行への取り組みは始まっています。2007年、国土交通省の支援のもと、九州全域で「おとなの長旅・九州」というモニターツアーが実施され、8地域で約一週間の滞在プランに対し、91名の参加がありました。参加者の特性でみると、一週間という期間から60代が多い(7割)のは頷けますが、男性が6割、一人参加が6割であり、居住地は福岡・九州が7割を占めていたことが注目されます。この点だけでも一般的な九州旅行とは違った”マーケットの顔”が見えてくるのでないでしょうか?

しかしここで指摘しておきたいのは、”連泊化””滞在化”そして”移住・居住”という言葉が混在して使われている場面が少なくないことです。地域への宿泊を促進する上での基本は宿泊施設の魅力と価値です。さらに”ニューツーリズム・地域資源”の発掘とメニュー化により、地域で連泊して何が楽しめるかが問われています。しかし一週間以上の滞在化や、まして”移住・居住”という行動に対する動機付けやニーズは、連泊化とは別のものが必要なはずです。宿泊化や連泊化が「旅を楽しむ」のであるならば、”滞在化”や”移住・居住”は「生活を楽しむ」ものだからです。生活を楽しむことは勿論、都市に失われた環境や地域の文化に魅力を感じるからですが、毎日ゴルフや観光をし、都度3食の豪華料理を望んでいるわけではありません。大切なのは、地域社会や地域の人との接点や交流の場であり、移住・居住ともなれば、地域の中で”よそ者である自分の居場所があること”ではないでしょうか?

筆者の知り合いで2007年大手旅行会社を中途退職し、沖縄県に夫婦で移住した方が居ます。その方に「色々課題や不安がある中で、移住を決断したきっかけは?」と聞いたところ「仕事や旅行で行き来していた中で知り合えた地元の友人、特に妻の仲間が出来たことです」と答えたのを覚えています。連泊化や滞在化に堪えるような地域を目指すと共に、「また来たい」というリピーターを開拓することで双方が”馴染み”となり、”ひと対ひと”の関係に繋がり、そこから「いっそ住んでしまおうか」という動機付けの糸口となるのでしょう。

また、こうした滞在型の流れに対して旅行業界や旅行システムの側も、従来のビジネスモデルでは対応しきれない場面が出てきています。契約宿泊施設の連泊商品化や契約条件の見直しは現実的な問題ですが、利用者が求める施設が、宿泊施設ではない”民泊”や”町屋”というケースも現れています。さらに貸し別荘や会員制施設というケースもあり得るでしょう。これまでそれらのニーズに対し、旅行会社は別のビジネスとして位置づけていました。しかし今後もその立ち位置で良いのかは経営判断が問われるところでしょう。

かつて80年代後半のリゾート開発ブームは、供給側の問題と共に、滞在型への需要が未熟であった点が指摘できます。しかし団塊世代のリタイア後のライフスタイルは正にこれからが本番であり、今回こそは実態を伴う取り組みが問われていると言えるでしょう。