スマートフォンの広がりと旅行の活性化

このほど日経MJは2010年のヒット商品番付を発表した。1位の横綱には「スマートフォン」がランクインした。スマートフォンは携帯電話の機能に携帯情報端末・MP3プレーヤー、デジタルカメラ、お財布ケータイ、PC機能などを統合させた高性能な携帯端末である。では旅行の視点からスマートフォンを見た場合、今後どのような影響や可能性が想定されるのだろうか。

野村 尚司

野村 尚司

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「旅行先を決めたきっかけ」に関する調査では、「インターネットによる旅行情報」が過去5年で倍増

近年、旅行目的地の決定には「インターネットによる旅行情報」の割合が増加している。ツーリズム・マーケティング研究所が毎年実施する海外旅行に関するアンケート調査によると、「旅行目的地を決めたきっかけ」の項目では、パソコンだけではなく携帯電話からのアクセスも含んだインターネットの割合が2005年の7.1%から2010年の5年間で16.4%へと倍増した。

スマートフォンは若年層を中心に急激な増加

2009年に総務省が実施した調査 によれば、日本における携帯電話保有率は全体(6歳以上)で74.8%に達している。保有率トップは20代の97.3%、40代は95%さらに30代が続いており、50代以上では年齢層が上がるに従って保有率が減少している。またスマートフォンの保有シェアに関する別の調査 では、20代が36%と最多で、30代が24%、10代が20%と続いており30代以下の若年層の合計では実に全年代合計の80%に達した。通信料金に関する契約形態では、「使い放題プラン」であるパケット定額制のシェアが着実に増加している(図を参照)。

特にスマートフォンのユーザーでは通話やメールに加え、通信するデータ量が多いインターネットの利用が高まっており、「使い放題プラン」を徹底的に利用することでその費用対効果は大きく伸びることが想定される。つまり現状でのスマートフォン利用者は、使い放題の利用料金を選択した若年層が中心である、とのイメージが浮かび上がってくる。また従来の携帯電話と比べて、若年層はスマートフォンを電話やメールだけではなく、SNSやブログの書き込み・閲覧に使用する頻度が高い。

多彩な機能とサービス

スマートフォンの高い機能を活用した様々な旅行サービスも提供されてきている。訪問地の選択や宿泊・交通機関の予約・決済に始まり、旅行中の予約の変更、滞在地の観光・飲食情報、交通機関の発着状況などが、全て1つのアプリケーションで対応できるようになった。さらに交通機関が遅延の場合、代替交通やその費用の情報提示まで行うものも登場し、また旅行情報とGPS機能を組み合わせて、旅行者の現在地を割り出した上で、近辺にある観光施設・飲食店や宿泊施設の基本情報や提供するサービス内容と価格を表示して旅行者の利便性を高めている。さらに割引クーポン発行や期間限定バーゲンプランの提示まで行う機能も開発された。

また業務出張に出かけるビジネスマンでは、これまでパソコンを持参していた代わりに、スマートフォンを利用している事例も存在する。つまりこれまで個別に提供されてきた機能が統合され、一貫した旅行サービスを提供することに成功したのだ。

旅行情報は手段だけでなく目的へ

昨今若年層の旅行離れが指摘されている。政府や観光産業ではその改善に向けた取り組みを行っている。特に若年層はスマートフォン所有率が高く様々な機能を使いこなすことを考え併せると、若年層の旅行活性化にとってスマートフォン活用は大きなチャンスである。

『「嫌消費」世代の研究』(松田久一、東洋経済新報社刊)によると、1979年以降に生まれた世代をバブル後世代と定義し、「若者が消費しない理由は、彼らが消費嫌いだからだ。」と主張した。しかし既にパケット定額制のスマートフォンを持っている若者であれば、新たな出費を行うことなくスマートフォンを最大限に利用、いわば「使いたおす」ことを期待できる。

従来、旅行サービスを提供する航空会社、宿泊施設、旅行会社などのサプライヤーは、旅行の「作り手の視点」で旅行情報を発信してきた。利用者もそれらの旅行情報を旅の「手段」として利用してきた。しかし目的地に行って様々な活動に参加したりご当地のグルメを堪能するだけが旅行の楽しみではない。記念写真撮影や旅行記を書くことも楽しみの重要な要素であろう。スマートフォンの登場により、旅行の記録や情報発信がより簡単・スピーディーになった。たとえば高画質の動画やブログ・SNSなどへの投稿を即時にアップロードし、離れた場所の家族や友人と旅行体験を共有する楽しみも可能になった。さらに現場からのライブ動画を送信することも可能になり、さながらテレビの生中継を個人で行える時代が到来したといえる。このような旅行情報発信の楽しみは、特に若年層を中心として旅行実施の動機づけとなるだろう。

つまり旅行者にとって、旅行情報とは旅行を楽しむための「手段」に過ぎなかったものから、旅行情報の発信そのものが楽しみの一部として「目的化」してきたのだ。今後このような旅行者発の旅行情報が蓄積されるに従い、スマートフォンを軸として、「旅行情報の参照」→「好みに合わせた旅行の実施」→「実体験した旅行情報提供」→「さらに他のユーザーによる旅行情報の参照」・・・と旅行を促進する循環が強化される可能性がある。

日本でのスマートフォンの展開は始まったばかりである。今後、生活上のインフラとして急速に定着することが見込まれる中、旅行サービスや旅行者満足度の向上、さらに旅行市場活性化への取り組みなどに注目したい。