【特別寄稿】ダボス会議で観光産業の真の付加価値を考える

世界経済フォーラムの年次総会、ダボス会議は、国籍や民間・政府出身にかかわりなく、人類にかかわるすべての問題を「自由に」話し合う唯一の場である。そのような場で、社会の成熟にあわせて、ローカル、つまり、おもてなしの心のような日本人の資質を活かしてつくりあげてきたソフトの価値が世界のサービス分野でも評価されたようだ。

佐々木 隆

佐々木 隆 JTB代表取締役会長

印刷する

目次

ダボス会議 全体会議

全体会議

Resilient Dynamism

世界経済フォーラムの年次総会、ダボス会議は創立者のDr.シュワブが「賢者が集まって世界のことを考える場を創る」と提唱して始まった会議で、国籍や民間・政府出身にかかわりなく、国ではなく世界を、そして人類にかかわるすべての問題を「自由に」話し合う唯一の場である。その事務局から今年1月の会議参加への声がかかった。グローバルスタンダードや高成長を追求し続けるメーカーの価値とはまた違う、社会の成熟にあわせて、ローカル、つまり、おもてなしの心のような日本人の資質を活かしてつくりあげてきたソフトの価値が世界のサービス分野でも評価されたようだ。

会議参加者は唯一のルール、「自分の所属する企業や国についてではなく、人類共通の問題を語り合う」を守る約束で集まっている。今年の会議のキーワードは「Resilient Dynamism」で、「困難な状況でも上手く適応できる力、弾力性」という意味で使われている。世界が持続的な成長を図るためには、有限な資源と限りない人類の欲望とのバランスが必要となり、環境問題、資源問題、エネルギー問題をはじめとした多くの課題に「上手く適応する力」が求められている。

70億人の人類すべてがアメリカの生活水準を確保するには6個近い地球が必要とされ、いまの地球環境の中で実現することは不可能であるといわれている。ダボス会議は、正式には「世界経済フォーラム(World Economic Forum)」と言うように、その目的が世界経済の持続的発展による豊かな世界の実現にあるが、すでに人類は地球の「生態系サービス」の産出力の限界に迫っている。

このような中で持続的成長を維持するには、従来の産業革命以来の考え方「自然は無限で人類に活用されるのを待っている、そのために人類は科学と技術を発展させている」から、「自然には有限の許容力しかない、だから自然資本を毀損する事無く、その利息で豊かに生きるために科学と技術を発展させる」に変えざるを得ない。そこでResilienceという言葉や考え方が注目され、日本の里山文化(継続的に人が手をいれ生態系を保護しながら活用する)やブータンのGPH(国民幸福度の向上を計る指数)が人類を豊かにする新たな手法として、新しい持続的発展として考え始められている。

急速に一つになる世界

ダボス会議で抱いた印象は、「世界は急速に一つになっている」ということだ。インターネットとスマートフォンによるバーチャルな世界の同一化、そして英語をコミュニケーション手段として一体化しているリアルな国際社会、この二つの要素が際立って強く目に映った。会議に集まる多くの発展途上国含む数十の国、数千人の参加者が、明らかに英語による高等教育を受けていて、英語によるメッセージ発信を競い合い、相互理解と討論による新しい概念の発掘を行っている。この英語で一体化している国際社会の圧倒的な規模は壮観だった。

日本への関心と日本のプレゼンス

DAVOS LOUNGEにて

DAVOS LOUNGEにて

今回のダボス会議では久しぶりに日本への関心が高かったが、これはこの3か月で約15%という急激な円安が世界の関心を集めていたことによる。これについては、先進国からは中央銀行の独立性の保障と言う市場の独立が守られているかの疑問と、資源国の開発途上国からは日本のエゴによる政策的な円安誘導ではないかという疑問の声がある。現在の世界には自国通貨を不当に安く誘導して輸出産業を保護する通貨戦争が始まっているという各国間の疑心暗鬼があり、そのような環境における重要な基軸通貨である円の円安への急激な変化が格好な攻撃ターゲットとして登場した格好であった。
この点についての日本政府の反応も早く、今回のダボス会議に甘利大臣が出席し成長戦略としての「アベノミクス」の説明を行った。日本政府の説明はかなり明快で会議出席者の賛同を得たように思える。

会議参加者の多くは日本がデフレ脱却を果たし、再び力強い経済成長を始めることが、世界の経済にとっておおきな寄与であるという日本政府の説明に多くは賛同していたように見える。ただホールでの公開討論の場においては、甘利大臣のように英語に堪能な方でも、討論に参加したブラジルの大臣の執拗な円安への攻撃に黙って聞いているだけであり、見かねた同じ先進国のカナダの大臣が烈しく日本政府の政策を擁護し反論しているのが印象的であった。たぶんこういった事例が多くの国際会議の場で展開され、国際社会でやや影の薄い日本のプレゼンスやおとなしく物言わぬ国という評判が造られているのではと思った。

ダボス会議事務局のある日本人スタッフは、ダボスのような国際社会における有名でユニークな場において、日本のプレゼンスはかなり影が薄く、それは英語社会での交流・メッセージ発信能力に優れた人が少ないこと、また国政で活躍し国政を卒業した政治家で、国際政治の場で活躍する人が圧倒的に少ないこと、と日本特有の問題を挙げた。
後者については日本の政治家は地方議会の議員を卒業し国政の場を目指すが、欧米ではさらに自国の国内政治を卒業した政治家が国際政治の場を目指す。そういうかたちで国際的に評価されている日本人は竹中平蔵さんぐらいしかいないのが現状だそうだ。

「航空・旅行分野リーダー会議」

さて私は「航空・旅行分野リーダー会議(Aviation & Travel Governors Steering Meeting)」と言う専門部会へ参加が決まった。この移動部会というのも世界を一つにする巨大な役割を果たしている産業の集まりである。部会のメンバーは航空会社や空港のオペレーション専門会社、巨大ホテルチェーンのような人々の交流を支える企業に、FedExのような物流を支える企業である。私たちが世界は一つで地球も狭くなったと実感するのは、この物流と人流の全世界的規模でのスピードとサービスのなめらかさが果たす役割が大きい。

昼食会を兼ねたメンバー限りの部会に出席したが、話題はアメリカのシェールガス革命によるジェット燃料費の将来や、アメリカとECの航空会社間の政府援助の多寡をめぐっての鞘当など多岐にわたっていたが、私はある航空会社のCEOが何気なく言った一言に愕然とした。

「まあ色々あるが、世界中のどんな人でも世界中の何処にでもいつでも快適にスピーディにいける、このサービスは我々だけが提供できるサービスであることは間違いないなあ」

この言葉を聞き、「本当にその通りだ、国際航空網があるから世界中の何十億人もの人々が世界を飛び回り、そのことが現代の世界の一体化に巨大な貢献をしている、彼ら航空運輸業の付加価値はこういうことだな」と、腑に落ちるものがあったが、同時に心に一つの疑問が大きく沸いてきた。

「ではわれわれツーリズム産業の付加価値とはなんだろうか、とくにJTBのような旅行会社の付加価値とは」

この問いについて、旅行のビジネスモデルで考えてみた。
例えばビジネス旅行では、膨大で精密な国際航空網や、快適で高品質の宿泊サービスを全世界に提供するホテルチェーンなどのサービスがあるから世界のビジネスは繋がり、出張旅行は快適に展開される。すなわちこの分野では航空会社やホテルチェーンのサービスがあれば、旅行会社が無くても十分に回転し、旅行会社が付加価値を創造しているとは考えにくい。ただし業務出張を専門にマネジメントするビジネストラベルシステム(BTS)のように、経費効率アップと安全管理のサービスを提供する包括的な旅行業務は、他に代替機能も無く、一定の付加価値を創造しているのも間違いは無い。

旅行のもう一つの柱である観光旅行では、旅行会社はどのような付加価値を創出しているのだろうか。例えば海外旅行パッケージツアー「ルックJTB」のことを考えてみると、それは間違いなくお客様に利便性と快適さを提供している。海外旅行にはそれを成り立たせる煩雑な作業が多く、航空座席やホテルの手配や一人で行動するときに必要な言葉の問題などなど、お客様をわずらわしい雑事から解放し、旅に集中する環境を創出している。また冒頭に述べたように、社会が高成長を遂げ成熟段階にはいる過程の中で、旅行者の拡大、訪問国の拡大に伴う相応な価値を創ってきた。

「しかし、果たしてこれが真の付加価値といっていいのだろうか」。考えを続ける。

旅を成り立たせる最大の要素

旅を成り立たせる最大の要素はなんだろうか。私は「心を旅させること」ではないかと考えている。もちろんビジネス旅行など用務があり旅する場合は違うが、観光旅行の場合は「心が旅をしていない旅は真の旅ではない」と考えている。

人類は地球規模の大交流時代を迎えている。人々の交流には世界を一つにする力があり、新たな文化を生み出す力がある。人々の交流にはそれぞれに目的がある、旅人の心をその目的に集中させるために航空会社・ホテル・旅行会社のサービスがあり、そのことにより旅人は快適に何処でもよりよく目的を果たすことが出来る。
そもそも観光は「国の光を観る、以って王に賓たる利し(易経)」を語源とし、観光産業は地産地消を旨として地域に活力を生み、地域住民と訪問者との間に交流を生み出し、人類の一体感の醸成や地球全体の均衡の取れた経済発展に寄与する大きな目的を有する。
全世界のツーリズム産業が提供する膨大なサービスは、人々の大交流時代を利便性と快適さで支えると同時に、その真の付加価値は「旅人の心を旅させる」ことにより交流の力を最大限に引き出すことにある。

ツーリズム産業の雇用創出の力について

ダボス会議で大きく議論されているグローバルな問題に、高等教育を受けた若者の就職機会の減少があげられている。この問題は日本を始め多くの先進国でも、所得格差や将来への不安などで多くの社会的緊張を生み出している。発展途上国ではもっと深刻な事態で、苦しい生活にかかわらず子供に高等教育を受けさせた両親の失望、あるいは人類の発展に絶対的な価値を持つ教育への不信さえも生み出している。

この問題へのツーリズムへの寄与も極めて大きいのではないかと考える。「旅人の心を旅させるサービス」は人によるサービスでしか生まれない。また私たち自身携わっているので良く分っているように、ツーリズム産業のサービスは実に多大な人的サービスを必要とする。高等教育を受けた若者の就職難が深刻な発展途上国において、ツーリズム産業の育成に力を入れている理由は、地域振興とあわせて若者の職場確保であり、観光産業の職場はその清潔感と国際性から高等教育を受けた若者の職場に相応しい。

スイスと日本の魅力

先日、世界経済フォーラムが2013年版の観光国際競争力(Travel&Tourism Competitiveness Report)を発表した。主要産業の世界競争力を発表しており、他産業に影響のある観光についても140か国の分析を2年毎に出している。ランキングだけが注目されるが、レポートは今年の会議テーマに沿ったツーリズム産業の持つ経済の回復力や雇用創出の分析に加え、将来に向けた環境保全について強い警告を発している。

さて日本は東日本大震災を経て、交通インフラ、ICT環境が高く評価され、総合14位と2011年版の22位から大きく躍進した。スイスは連続1位だった。豊かで保全がゆきとどいた自然環境、レジャー旅行に留まらないビジネス旅行のハブとしての位置づけ、そして、世界で評価されるホテルマネージメントスクールの存在による優秀な人材輩出と活躍の場の提供などを考えるとスイスの1位は申し分ない。その中で、degree of customer orientation(顧客への対応)で、日本は1位、スイス2位だったことは注目だ。日本のおもてなしの心、文化というのが観光産業にとって非常に重要な強みであるとレポートは高く評価している。しかしながら、日本の国や人々の全般的な観光への親和度・受容度は国際的にもまだまだ高くはなく、これから改善される余地はある。

ダボス会議の期間中は、別荘は会議参加者用に貸し出され、病院までもが宿泊所となる。普段就業していない主婦などが、会議場やホテルのクローク、キオスクなどの係員として駆り出され、町をあげての対応に追われる。決して洗練されているわけでもなく、全員が英語が流暢というわけではないが、来訪者に対し誠心誠意込めた対応をしているとともに、町の人々もイベントを楽しんでいる印象を受けた。まさに「心が解き放たれる」自由な旅行を可能にする、これを提供できることが、観光業者の使命ではないか。

最後に

最後にこの文章をまとめるにあたって改めて人類の発展を考えると、ダボス会議のキーワードがResilient Dynamismであったように自然資源やエネルギーを惜しげもなく投入して得る豊かさから、限りある自然の許容力の中で豊かさを追い求める時代から深める時代になっている、物質的豊かさを求める時代から心の豊かさを求める時代になったというべきだろう。

心に豊かさを求める人々は生活水準の向上に伴い、ぞくぞくと世界大交流の流れに加わっている。世界の交流、特に観光旅行は、今あるがままの自然や都市や文化を他の地域の人々が違う見方でその魅力を楽しみ、環境汚染も無く心の持ちようでその楽しみを更に深める行動である。何かを付け加えるのではなく新しい観方で魅力を創出する観光産業は、この時代の人類の行動としてますます輝いていくと思う。

改めて言うと、そういう時代であるからこそ我々が従事しているツーリズム産業の価値は大きく、心を旅させることにより交流に力をあたえる我々旅行会社の果たすべき役割は、あえて言えばJTBの未来は無限の可能性を持ち、人類の心の豊かさを求める時代に独自の付加価値を創造し続ける存在といえる。

<参考 World Economic Forum Annual Meeting (ダボス会議)参加報告>

  • 開催日程:2013年1月22日~26日
  • 場所:スイス ダボス市
  • 参加者:約2500名 世界的な企業のトップマネジメント、各国の首脳・主要閣僚、Young Leaders of the World等
  • 日本からの主な参加者(敬称略):長谷川閑史(経済同友会、武田薬品)、稲盛和夫(京セラ、KDDI、JAL)、西田厚聰(東芝)、竹中平蔵(慶応)、志賀俊之(日産)、中西弘明(日立)、甘利明(大臣)、茂木俊充(大臣)、新浪猛(ローソン)、緒方貞子(JICA)他
  • 会議のテーマ:Resilient Dynamism 「回復力」
  • 参加セッション(抜粋):
    • 全体会議
    • バリューチェーンの未来
    • ロシアのこれからのシナリオ(メドベーチェフ首相)
    • 東アジアの今後(context)
    • キッシンジャー氏とシュワブ氏との対話
    • ユーロゾーンの危機をどう乗り越えるか(欧州各国首脳)
    • 経済的意思決定における女性の役割
    • 世界における中国の今後(next global agenda)
    • 超連結社会におけるネットの炎上にどう対処するか
    • Xファクター:知られざる事態への備え
    • モラル経済:社会的契約
    • 今後の世界経済の見通し 等
  • 個別会議等(抜粋):
    • ジャパンナイト
    • ミャンマー観光・ホテル大臣
    • 航空・旅行分野リーダー会議
    • 清華大学ラウンドテーブル
    • ペルー観光大臣 等