世界経済フォーラム東アジア会議、11のキーワード

世界経済フォーラム東アジア会議がフィリピンで開かれ、アジア・太平洋地域の経済・社会の今後の見通しや課題、対応などについて意見を交わした。多様な分野でさまざまな議論が行われたが、共通するキーワードが浮かび上がってきた。それらのうち11のキーワードを取り上げ、アジアにおける重要な課題と解決の方向性について紹介したい。

高松 正人

高松 正人 エグゼクティブフェロー

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5月21日から23日まで、世界経済フォーラム東アジア会議がフィリピンのマニラで開かれた。会議では、アジアの政治・経済のリーダーたちや次世代を担う「ヤング・グローバル・リーダー」合わせて700名が、それぞれの立場からアジア・太平洋地域の経済・社会の今後の見通しや課題、対応などについて意見を交わした。開催国のフィリピンからは、アキノ大統領と主要閣僚が参加、インドネシアのユドヨノ大統領、ベトナムのグエン・タン・ズン首相など、アジア各国の首脳級が顔をそろえた。日本からも、東芝西田会長、ローソン新浪会長、三菱商事小泉会長、グロービス堀社長、慶応大学竹中平蔵教授など、国際的に活躍する経済人など90名が参加した。

会議のテーマは「成長を梃子に、バランスの取れた進歩を」(Leveraging Growth for Equitable Progress)、すなわちアジアの急速な経済・社会の成長を、地球環境、経済格差、人財育成などの面とのバランスの取れた進歩に繋げていこうというものである。

三日間の会議では、多様な分野でさまざまな議論が行われたが、それぞれが異なるテーマの議論の中でありながら、共通するキーワードが浮かび上がってきた。それらのうち、11のキーワードを取り上げ、これからのアジアにおける重要な課題と解決の方向性について、リーダーたちはどのように考えているのかを本コラムで紹介したい。

1. Connectivity「接続性」「つながり」

会議の中で、最も頻繁に耳にしたことばは‘1:Connectivity’であった。直訳すれば、「接続性」とか「つながり」である。2015年のアセアン経済共同体発足に向け、国と国とのつながり、国境を越えた人々や物資の往来、個人間の通信によるつながりなどをより良くすることが、地域全体の発展の基礎となる。そのための、ビザ免除や関税撤廃、外国直接投資の自由化、交通インフラの整備・増強、通信インフラ整備などが重要な課題となる。旅行・観光の分野では、航空の自由化促進やビザの緩和・撤廃などがConnectivityの強化に向けた重要な課題である。

2. Resilience「耐性」「回復力」

「耐性」や「回復力」を意味する‘2:Resilience’は次に多く聞かれたことばである。2013年11月、フィリピンに甚大な被害をもたらした台風ヨランダをはじめとして、世界の気候変動の影響などにより、自然災害の発生頻度は高まり、規模は大きくなる傾向がある。脅威を増す自然災害やその他の危機に対して、事前の備えができており、危機・災害に見舞われた場合でも早期の回復が可能な体制をもっていることは、今後の国や地域の持続的な発展のために不可欠なことである。おりしも、2015年の3月には、仙台で10年に1度の国連世界防災会議が開かれる。世界で最も自然災害リスクが高いとされる日本は、同時に自然災害に対するResilienceの高さでも世界のトップレベルにある。この技術や知見を、Resilienceのレベルの低い国々に提供していくことは、今後の日本に期待される大きな役割であろう。

3. Growth「成長」

‘3:Growth’「成長」が、今のアジアを象徴していることばであることは、誰も否定しないだろう。「2030年までにアセアンのGDPは、2、3倍に成長するだろう」という発言にも違和感を覚えない。ところが、会議で参加者たちが真剣に議論したのは、単なる経済成長そのものではなく、GDPの向こうにあるもの、すなわち「質の高い成長」や、「成長だけでは不十分」、さらに「持続可能な成長を測るGDP以外の尺度」など、成長の先に何を目指すかであった。旅行・観光の分野においても、「質の高い成長」を目指すことは、これからの世界のツーリズムの課題であり、日本はそのリーダーシップを取ることを期待されている。

4. Inclusive「包括的」「差別のない」

世界の経済が成長するに伴い、格差の拡大や所得の不均衡が新たな問題となっている。そのような文脈の中で、4つ目のキーワード‘4:Inclusive’「包括的」、「差別のない」が語られた。「最大のグローバルリスクは、インクルーシブな社会でないこと」、「インクルーシブな成長はスローガンにあらず、政府の実績を図る物差し」との発言は、成長について行けない人を作らない社会であることが、「バランスの取れた成長」への必要条件であることを示唆している。

5. Social benefit「社会の利益」「社会貢献」

次に挙げるは、‘5:Social benefit’、すなわち「社会の利益」、「社会貢献」である。会議に参加したアジアを代表する企業のトップたち自らが、グローバル企業市民として成功するための重要な要素として、地域社会に対する貢献や「社会の利益」となる事業活動であることが、今まで以上に求められるようになってきたことを証言した。企業の利益と社会貢献は相反するものとして捉えられがちであったが、グローバル企業のCEOたちは、「利益と社会貢献」の両立は可能であり、地域社会との関係作りは、長期的な投資だと言い切る。社会の利益の最大化をめざすことを通じてのみ、企業の成長が可能であるという、明確な意思表明である。

6. Human resources「人的資源」

アキノ大統領やユドヨノ大統領、その他のアジアの政治リーダーが口をそろえて言ったのは、これからの持続的かつ包括的な発展のカギは、‘6:Human resources’「人的資源」にあるということである。経済成長を支える「資源」の中でも、最も重要なものは「人的資源」であることは、参加者全員の共通認識といっても過言ではないだろう。その一方で、産業界が求める人的資源、とりわけ熟練労働力が足りないというのは、アジア各国に共通する深刻な問題である。日本人の持つ高い技術とスキルを、どのようにアジアに伝え、活用していくか、日本の貢献が期待されるところである。

7. Education「教育」「人材育成」

「人的資源」が最も重要な「資源」であることから、次のキーワードが‘7:Education’「教育」、「人材育成」となることは必然だろう。アジアにおける人的資源をより有効に活用し、成長を実現するためには、トップをめざすエリート教育だけでなく、社会のさまざまな産業現場を支えるスキルをもった人材を育成するための教育が必要である。産業界が求める人材が足りないという雇用ミスマッチの問題も、もとをただせば教育を受ける機会がない人が多かった、教育がインクルーシブでなかったことが原因となっている。教育の充実は、スキルを持った労働力を増強し、所得格差の解消につながるという点で、アジアの「バランスの取れた進歩」を支える重要な要素である。

8. Middle class「中間層」

アジアの成長により、‘8:Middle class’「中間層」が急速に拡大している。中間層の増加は、旅行を含む個人消費拡大の強力なエンジンとなる。中間層は、中国やタイなどの新興国のみならず、最貧国と呼ばれる国々においても台頭してきており、2030年までにアセアンの中間層人口は、北米+欧州を超えるとの予想もある。この中間層は、まさに今後の大きな伸びが期待されるアジアからの訪日観光客の中心であり、自動車や家電など、日本の製造業が大いに期待する成長市場でもある。

9. Reform「改革」

アジアの持続的な成長にとって不可欠なのは、‘9:Reform’「改革」である。政治、経済、社会などあらゆる分野で、成長の足枷になる従来のやり方を改め「改革」することが求められている。社会に根強く残る汚職、官僚主義などは、格差拡大、所得不均衡の背景となっており、健全な成長を阻害する要因となっている。こうした慣習に「改革」のナタを振るい、経済の底辺にいる人も成長の恩恵を受ける社会にしていくことが課題である。

10. Water「水」

日本人にとってピンと来にくいが、‘10:Water’「水」の確保・安定的な供給体制を整えることは、世界の最も重要な課題のひとつとなっている。しかも、世界の水の75%は、飲用でも、工業用でもなく、農業に使われている。今後の世界人口の増加と、所得増加に伴う食料需要の拡大により、2030年までに今より60%多くの農業用淡水が必要になるとの試算もある。世界の貴重な水を持続的に利用するための世界的な基盤づくりと、より一層効率的な水利用のしくみづくりが求められている。

11. World peace「世界平和」

そして11番目のキーワードは、‘11:World peace’「世界平和」である。世界経済フォーラムの創設者、クラウス・シュワブ博士は、会議の基調講演でこのように語った。「私たちは、グローバルな世界に生きている。私たちに必要なのは、グローバルなパートナーシップと世界平和だ」

この11のキーワードを改めて眺めてみると、「成長」に対する考え方が、20世紀の日本の経済成長期の頃とは大きく変わってきていることを改めて感じる。かつて、大きくなること、増えることは、それ自体が善であり、目指すべきものであった。しかし、今、世界が目指している成長の姿は、まさに「バランスの取れた」、「持続性のある」成長であり、その成長は一つの企業や一国だけのものでなく、相互につながりあっているものなのだ。

もうひとつ強く感じたことは、このような方向でのアジアの成長に対して、日本が貢献できること、日本がリードすべきことがたくさんあるということだ。確かに日本自体は、人口構造の変化によって内需だけで成長していくことが難しくなっている。しかし、このようなアジアのバランスの取れた成長に貢献していくことによって、アジアと共に日本が成長していくことは十分可能なのではないかと思う。アジアというコミュニティの中で、「利益と社会貢献」の両立を目指していくのが、これからの日本の社会と企業の進むべき道なのだろう。