「社寺×オンライン&キャッシュレス」のゆくえ-参拝者と社寺との関係を深耕するデジタルツール-

新型コロナの影響で社寺の世界にも様々なオンラインサービスが生まれ、バーチャル参拝や授与品・お賽銭のオンライン決済が徐々に広がっています。しかし社寺に対してはオンラインが解決する利便性と相反する人間の心理・ニーズが存在します。観光スポットとは一線を画す「社寺×オンライン」の価値創造について考えます。

河野 まゆ子

河野 まゆ子 主席研究員

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目次

1.社寺におけるキャッシュレス決済の進展

2019~20年のキャッシュレス・ポイント還元事業や、コロナ禍における「非接触」の推奨や通販、デリバリーサービスの急速な進展によって、本格的にキャッシュレス化が進展しつつある。だが、諸外国と比較すると、その浸透率はまだ低い(各国のキャッシュレス決済比率: 韓国96.4%、中国60%、シンガポール58.8%、日本19.8%。 ※野村総合研究所「キャッシュレス化推進に向けた国内外の現状認識」(2018)より)。
 政府は、国内の決済におけるキャッシュレス決済の比率を2025年までに4割、将来的には8割を目指すとしている。経済産業省が発表した「キャッシュレス・ビジョン」によると、日本でキャッシュレス化が進展しない要因には、「現金への信頼性の高さ」「治安の良さ」「レジの処理が正確で速い」「ATM利便性の高さ」などが挙げられており、「現金でも不便さがない」ことが背景にある。

近年、お守りなどの授与品をキャッシュレス決済できる社寺は増えてきたが、お賽銭に対する抵抗感はまだ根強い。2019年6月、京都仏教会は、宗教活動のキャッシュレス化について「不適切で受け入れない」とする声明文を発表した。お賽銭や拝観などの宗教活動が個人情報として第三者に把握されるリスクがあること、支払い手数料が発生することにより、これまで「宗教行為」とみなされていたものが「収益事業」とされ課税対象となる可能性が生じる、ということが主な理由だ。
 お賽銭キャッシュレス化導入の先陣を切ったのは、2014年に楽天Edyを導入した東京の愛宕神社だ。栃木県日光市の日光二荒山神社も、2018年10月からWeChat PayやAlipayを導入した。日光を訪れるアジア系インバウンドの急増が背景にあり、特にキャッシュレス決済が浸透していた中国市場を見据えたものだ。2019年2月からはPayPayの利用も開始され、国内市場にも対応している。
 東京都の神田明神は、J-Coin Payを2021年1月1日から導入した。あわせて、2021年の初詣時期限定で、御祈祷やお守り等をネット通販の要領で注文・決済でき、郵送で送付してもらえる「オンライン授与」や、後日境内に設けられた専用の受取所に出向いてお守りやお札を受け取る「モバイルオーダー」に対応し、コロナ禍における対応として好評を得ている(2021年1月17日終了)。

2.お賽銭に対する人々の「現金志向」

当社が2021年5月に実施した調査によると、参拝時のキャッシュレス対応について、「授与品がキャッシュレス決済できること」に好意的な人は45.7%と半数近くを占める一方、「お賽銭をキャッシュレスで納められること」に対しては30.0%と、15ポイント以上の開きがある。消費者が決済の利便性だけを求めるのであれば、このポイント差は生じない。お賽銭に対しては、現金への志向が未だに強いことが窺える。

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出所:「社寺に対する消費者意向調査」株式会社JTB総合研究所(2021)

お賽銭の「賽」とは、神様から受けた益に対して感謝し返礼することを意味し、古くは米や野菜などを供えていた。神前や仏前に米を撒く「散米」「散供・打撒」や、洗った米を紙に包んで供える「おひねり」は、「渡す」というより「投げる・撒く」といった動作となり、現在のお賽銭の扱いに近い。庶民に貨幣経済と社寺参詣の文化が浸透した中世以降、納めるものが金銭に変わっていった。1540年に散銭櫃(さんせんびつ)という箱が鶴岡八幡宮に置かれたという記述があり、賽銭箱に関する日本最古の記録とされている。つまり、古い神社の歴史が1000年以上あることを踏まえると、賽銭箱の歴史はその半分に満たないということだ。

なお、外国でもお賽銭に類似する行為は見られるが、根底の意味が異なっている。中国・台湾などの中華圏には「香油錢」というものがあるが、これは線香・蝋燭代という位置づけだ。韓国の寺院では、「福田函(佛錢函)」と呼ばれる賽銭箱が置かれていることがあるが、これも寄付や施設への支援という側面が強い。
 日本におけるお賽銭は、他国にも共通する「施設維持管理費・寄付」という意味に加えて、「神仏へのお供え」「参拝に来たことの合図」という複数の意味があるとされる。お金が人の身代わりとして「ケガレ」を引き受けてくれるため、それを投げることで投げた本人は祓い清められ、きれいな心身で神仏の前に立てる、という考え方だ。
 また、賽銭箱の頭上から下がっている鈴縄や鰐口を鳴らすことが邪気払い及び神仏への合図の役割を果たすのと同様に、参拝者は硬貨を賽銭箱に投げ入れてチャリンと音を鳴らす行為自体に意味を見出している。徳島県の真言宗11カ寺では、毎年持ち回りで「投げ銭供養」という伝統行事が行われる。僧侶が故人の過去帳を読み上げ、家族や親族の名前を確認した参拝者が、バケツいっぱいに入れた1円玉を賽銭箱に投げ入れる。そのとき、硬貨が高座に当たる音が大きいほど供養になるとされている。

こうしてみると、神仏にお金を納める場面においての「お金」とは、日本人にとって「(交換・流通手段としての)金銭」以外の役割を持つことがわかる。撒いて音を鳴らして自身の存在を知らしめ、自身の手から物理的に手放すことができる「(物質としての)貨幣」であることに、自分と神仏を結びつける積極的な意味があると言える。

3.デジタルツールに求められるのは疑似体験でなく情報価値

  1. 参拝者がオンラインに期待するのは「情報ニーズ」
  2. キャッシュレスと同様に、利便性向上という面で急速に進んだのがスマートフォンなどのデジタルツールの活用だ。参拝に関わるオンライン活用ニーズをみると、「事前に見どころなどを調べられる」(「よい」「非常によい」の合計66.9%)、「動画などでお祭りや儀礼の紹介を見られる」(同61.8%)、「現地で、QRコードなどで解説が読める」(同55.4%)に対するニーズが高い。一方、「リモート参拝(バーチャル参拝)できる」「スマートフォンに御朱印を記録できる」は「悪い」「非常に悪い」の合計が15%を超える。社寺の縁起や歴史などの情報を収集することへのニーズが高く、より信仰・参拝の本質に関わる行為については、オンライン活用に抵抗感がある人の比率が高いことがわかる。また、リアルの価値である「僧侶や神職から現地で直接説明を受けられる」ことへのニーズは60%を超えて高く、情報がオンラインで入手できるからといっても、それが現地での触れ合いや直接の語らいの価値を代替するものではないようだ。消費者は、デジタルツールの利点として、参拝そのものの利便性を高めることではなく、「参拝という行動をより充実させるための情報を得ること」を重要視していることがわかる。

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    出所:「社寺に対する消費者意向調査」株式会社JTB総合研究所(2021)

    以下のデータをみると、「神社・お寺の参拝作法を知らないと行くのをためらう」と感じる人は若年層ほど高く、特に20~30代女性では40%を超える。参拝作法として失礼がないようにと真摯に考える若年層は多い。「参拝するならきちんとしたい」と考える人々にとって、事前に参拝作法や社寺の特性に関する情報を集めるためのオンライン環境が整ったことは、むしろ参拝・来訪という行動を後押しする機会が拡大したことを意味する。

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    出所:「社寺に対する消費者意向調査」株式会社JTB総合研究所(2017)

  3. バーチャル参拝は江戸時代からある
  4. バーチャル参拝の是非については、2000年前後から議論に上るようになり、2006年には神社本庁がバーチャル参拝を推奨することに対する苦言を発表したことが話題となった。丁度、iPhone 第一世代が発売される1年前のことだ。あれから15年が経過し、PCやスマートフォンが日常の生活ツールとして社会に浸透した。コロナ禍の今ではオンライン絵馬奉納やリモート祈祷、インターネット遥拝などの参拝手法も生まれてきている。

    そもそも、「バーチャル参拝」という言葉が関係者や消費者の心をざわつかせる根幹的な要因は「バーチャル」という単語の解釈の揺れにある。
     英語の「virtual」は,表面上は違うが実質そのものである様子を意味し、「実質上」などと訳される。 一方で、日本で浸透している外来語としての「バーチャル」は、実態を伴わず、現実そっくりの仮想・疑似的なものという意味で用いられることが多く、本来の意味と大きく離れた意味で市場に浸透しており、「仮想」と訳されることが多い。そのため、「バーチャル参拝」と言ったときに、距離は離れているが本質的な参拝を意味するのか、オンラインで参拝“もどき”の行為をすることなのか、という解釈が分かれてしまうことになる。
     時代を遡るが、1796年(寛政8年)に会津若松市の飯盛山に建立されたさざえ堂(重要文化財)は、独特な2重螺旋構造のスロープで知られるコンパクトなお堂だ。このスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、このお堂をお参りするだけで三十三観音参りができるということで人気となった。言わば「バーチャル西国三十三所巡礼」だ。このようなケースは他にもあり、「実質的な信仰に基づくバーチャル参拝」は江戸の昔から広く市場に浸透していたということだ。それを実現する新しい手法として、技術の進歩によりデジタルという選択肢が加わったに過ぎない、と考えることもできるだろう。

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    さざえ堂 出所:うつくしま観光フォトライブラリ

4.オンラインは参拝行動を後押し・充実させるためのもの

コロナ禍において、オンライン観光に関わる有料サービスが数多く生まれ、社寺参拝に関わるコンテンツも少なくない。その一例として、神職の資格を持つインタープリターによる「神社と日本の神々」の解説、神社のレイアウトや個々の施設解説、参拝作法や神社で奉仕する方の紹介などを経たのちにバーチャル祈祷を行う、という旅行商品がある。これはまさに、「参拝作法をきちんと知りたい」「社寺の歴史や縁起を事前に調べたい」というニーズに合致し、個々人にとって、詳しいことを知らないまま現場で参拝するよりも格段に充実した参拝体験につながる例のひとつと言えよう。

神社も寺院も、その場所にそれが存在することの意義があり、祈りの空間に身を置くことの重要性から、現地に足を運ぶことが最善な参拝手法であることに変わりはない。だが、様々な理由で現地に足を運べないケースや、足を運ぶ前の下準備として、オンラインが補助できる役割は大きい。
 消費者は、参拝という行為に対して、利便性や「それっぽい疑似体験」を求めているわけではないことが調査から読み取れ、デジタルツールやキャッシュレスという便利な手法が浸透したからといって、ネットショッピングや映画サブスクのように「自宅からお賽銭を納めればいい」「オンライン参拝したから満足」ということにはなりにくい。卑近な例えではあるが、参拝者と社寺の関係は、その場限りの音と空気感ごと楽しみたいライブコンサートにおけるファンとアーティストの関係性にむしろ近い。デジタルツールが浸透しても、参拝の本懐は「場に行くこと」にあり、その本質的な意識が希薄化するリスクは大きくないと考える。
 社寺に関する動画やVRは、例えば絶景動画のようにそれ自体が消費されて楽しまれることで完結するものではなく、あくまで本質的な理解を助けるために必要とされている。オンラインで社寺を深く理解したいという消費者ニーズは、参拝という極めて個人的な思いに基づく行動を自分にとってより価値あるものにするための「知識と心の準備」「関係性を作るためのツール」であり、このニーズに対応していくことが、オンライン社会において参拝のリアルな本質や価値をより明確に浮かび上がらせていくことに繋がる。

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「社寺に対する消費者意向調査」(2021) 概要
調査方法:インターネットアンケート調査
調査対象者:日本国内在住の20~69歳男女 計3031サンプル
調査期間:調査期間:2021年5月10日(月)~12日(水)
※調査協力:株式会社バルク