ワーケーションとライフスタイルを考える~複数拠点生活の経験から~

ワーケーションに取り組む地域が増えてきた。多様な働き方が広がり多拠点生活にも注目が集まっている。住居と別の海岸沿いに別拠点を持ち、リモートワークと遊びを重ねた生活を10年続けているベテラン研究員が、実体験を通じてワーケーションが日本で定着する上での課題と可能性を考察する。

中根 裕

中根 裕 主席研究員

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目次

ワーケーションという言葉は、御多分に漏れず米国から日本へ入ってきた言葉と行動スタイルだが、日本で広まりつつあると言え、一般国民にまで普及しているとはいえないだろう。日本人が好む外来語やイメージキャッチコピーが広がり、そして観光で我が町を元気づけたいと考える地域、旅行関係者が打開策として取り組みだしている。筆者は決してワーケーションを否定するつもりはない。むしろ自ら住居と別の海岸沿いに別拠点を持ち、ワーケーションと言えないかも知れないが、リモートワークと遊び(サーフィン)を重ねた生活を約10年続けてきた。一個人の経験で恐縮だが、実際の体験を通じてワーケーションが日本で定着する上での課題と可能性を考えてみたい。

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1.言葉先行、供給側、行政先行の「ワーケーション」

かつてリゾート法(総合保養地域整備法)を中心として日本全国の自治体はリゾート開発誘致に躍起となった時期があった。しかし時期尚早もあったが、決定的に欠けていたのは供給側の思いと消費者・国民側のリゾートライフに対する意識、行動とのギャップであった。このワーケーションも時間はかかっても着実に根付くには、生活者の新しい行動様式として捉えることが必要だろう。それは単に旅行という狭い範囲でない。コロナ禍の経験をきっかけに企業と共に個人個人が新しい生活スタイルとして「ボーダレスな仕事と旅」に対する魅力を感じ、行動として動き出す潮流となることが問われている。

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ボーダレス化する生活と旅・観光

2.ワーケーションを生活者の新しい行動様式として捉える

  1. 旅行重視か仕事(生活)重視か、ワーケーションの動機付け
  2. 観光や旅行といった「遊び・楽しみ」と「仕事」という時間や場所がボーダレス化するのがワーケーションだが、各人それぞれの場面でワーケーションを実施する動機には大きく2つの違いがある。
     ひとつは『この時に是非〇〇へ旅行したい!しかし外せない仕事がある!』という旅行や遊び重視の心理の中で仕事もこなしたいというケースである。久々家族とあるいは友人と旅行を約束して是非行きたいが、迫られた業務が出た、重要会議が入ってしまった、しかし従来なら旅行は中止・延期となるところだが、PCとWi-Fiがあれば旅先の一時で仕事もこなせる環境になってきた。もう一つは『自宅勤務を余儀なくされたが、会社へ行かずとも十分業務が果たせるので、あえて自宅でなくとも、環境の良い旅先でも可能だろう』という自分の仕事場や生活スタイルを別の環境に変える動機づけである。通勤時間のロスも省け、仕事が終わればすぐ観光やスポーツの出来る場所で過ごせる生活スタイルである。今般のコロナ禍で強いられたテレワークやリモートワークの経験から、自宅勤務で支障がないのなら、より環境の良い土地や場所でも良いのでないかと気づいた人は少なからずいるのでないだろうか。企業の側でワーケーションを認め、規則や仕組みとして検討する動きが未だ少ないという調査結果もあるが、狭義のワーケーションが休日・休暇中も業務を会社として認めることであるが、その基準で見れば勤務管理や労災認定などで自宅を指定したリモートワークに絞らざるを得ないのだろう。
     現在、全国の観光地や宿泊施設の活性化策としてワーケーションに注目し、設備の整備や宿泊プラン造成に取り組まれているが、その多くは前者の動機づけの旅行者をイメージしている。それは否定しないが、安定的な需要として見込まれるか、さらにまず旅先として選定されることが先決で、Wi-Fi整備などだけでは多くの観光地で進んでおり差別化要因にならないだろう。当たり前だが「仕事を持ってでも行きたい観光地」となれるかが境目といえそうだ。

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  3. 職種・仕事の内容により向き不向きがある
  4. ワーケーションだけでなく、リモートワークやテレワークには、職種により向き不向きがある。接客サービス業は最たる職業といえる。最も問題ないのはパソコンとネット環境があれば、どこでも一定の日常業務ができるIT系やクリエイティブ系の業務であり、私のようなコンサルタントや研究職そして文筆家などは昔から地方に滞在し執筆を果たしてきた。一般の企業でも今般コロナ禍で余儀なく在宅勤務を強いられたが、担当業務部署によっては在宅でも十分仕事が回せることを本人と企業双方が実感したはずだ。
     さらに業種による向き不向きだけでなく、同じ人であってもその場で問われている業務の質や密度でワーケーションに相応しくない場面も起こりうる。自宅周辺と違う「良好な環境や景観を眺めながら」という仕事は、切羽詰まった緊急度が高い業務には、むしろ気が散り集中できない。私の海辺の部屋はデスク目の前が海岸と海であるが、そのような仕事を抱える時はカーテンを閉め隔絶しなければはかどらない。逆に企画アイデアを考えたいとか、輻輳する業務を頭の中で整理しリフレッシュしたいという状況ならば、良好な環境に場所を移してみるのは有効である。よく見かけるが、海岸に座って蒼い海に向かってノートPCを開いている絵があるが一時間と仕事は続かないだろう。

  5. 仕事を持ち込む旅行者以外も想定する
  6. これも私事だが、海辺へ来て天気も良いものの、私が仕事をこなさなければならない時に『私は仕事だから一人で海に行っていいよ』と妻に言っても、まず出かけようとしない。ワーケーションの場には仕事を持ち込む本人だけでないケースが多い。夫婦や子供と夏休みの旅行に訪れる家族もあるだろう。
     実は仕事をする人の環境だけでなく、同行者の過ごし方も受け入れ側は想定し、楽しめるプログラムやサービスを考えることも必要である。

  7. ワーケーションは仕事と休みのメリハリがつくのか
  8. 仕事と観光や遊びのボーダレス化というと、『仕事と遊びのメリハリがつかない』とか『家庭に仕事を持ち込むべきでない』と従来ならば誰しも考えていただろう。しかしここに興味深い実験結果がある。(株)NTTデータ経営研究所が実施したモニターによるワーケーションの実証実験である。ワーケーションとその前後の期間のモニターの心理的動向や変化に注目しており、「ワーケーションを経験することで、仕事とプライベートの切り分けが促進される」という結果が指摘されている。さらにそれは実施期間中だけでなく、実施後の普段の生活と仕事にも影響しているというものである。この点は筆者としても実感し同感できる。切羽詰まった業務があれば旅先でも集中できる場を求めるし、業務を終わらせ目の前にある自分の趣味や遊びに早く切り替えたいと考えるからである。

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3.ワーケーションは「非日常体験」でなく「異日常体験」である

昔から観光の魅力は「非日常体験」にあると言われてきた。普段の生活環境だけでなく、風景、資源、食事など様々な体験が日常生活で得られない事や場所であるから、そのギャップが非日常と呼ばれるのである。対して異日常体験とは、普段の自宅と勤務先との往来という日常生活から良好な環境の異なる場所で「職遊一致」という生活を楽しむことである。戦後の日本の旅行の大衆化を後押ししてきた「周遊型観光・旅行」は、非日常の資源や施設、体験をピックアップして繋いだ旅行である。なるべく多くの資源や観光地を効率的に廻るのが常道であり、得てして旅行者は時間的余裕がなく駆け足旅行とならざるを得ない場面も多くみられた。一方の異日常体験を求めた旅行はまさに「リゾートライフ」だろう。良好な自然環境の場に一か所に滞在して、その滞在中に小旅行もすればスポーツもする、時に疲れれば部屋で昼寝もできるといった生活全体のリズム、メリハリを楽しむ旅行と言える。この異なる場所での生活だからこそ、一時は仕事をこなすことも含まれて良いのでないか。勿論、前述した様に仕事を持ち込む本人だけでなく、同行者の滞在生活の過ごし方も大切だし、時間の使い方や普段以上の仕事への集中と切り替えを心がけることが大切である。
 かつての周遊型旅行の一泊二食に対応してきた宿泊施設も、ワーケーションを一つの切り札としたいならば、単にデスクや設備、Wi-Fi環境整備は必要条件でしかない。利用者からみて滞在したいとされる地域・施設・サービス・商品を目指すことが求められるだろう。

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 最後に「生活スタイル重視のワーケーション」は、観光や旅行として捉えるべきではない。まさに複数拠点生活(マルチハビテーション)、さらには半定住、移住までという今までにない生活スタイルの問題である。これを具体的にビジネスとして実現する先兵となる地域は、東京・大阪などの大都市周辺100キロ圏位の自然に恵まれた地域と考える。いざとなれば東京の自宅・職場にすぐ帰れるとか、週末挟んでたびたび訪れることが出来、地域と馴染み地域に友人が出来るといった生活スタイルが根付くかがポイントとなるだろう。そして供給側の地域としては、これまでの一泊二食の宿泊プランとか体験メニューという旅行ビジネスモデルの範囲で捉えるべきでないだろう。まとまった期間の割引滞在プランはもとより、会員制や賃貸・シェアハウスといった不動産ビジネスも可能性の視野に入れ、何よりも消費者のどのような生活スタイルで何が求められるのかを模索することが求められている。