公共建築はメタボリズムの夢を見るか?-中銀カプセルタワービル解体に寄せて-

世界中にファンの多い黒川紀章設計の中銀カプセルタワービルの解体がいよいよ開始された。近代建築の保存は今後どうあるべきか、メタボリズム建築の哲学が現代の建築やまちづくりにおいて参照されるべき点はなにか。中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトの活動経緯と成果を踏まえて考える。

河野 まゆ子

河野 まゆ子 主席研究員

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目次

1.境界線が失われる時代におけるまちづくりと建築のありかた

近年、あらゆるものの「境界線」がどんどんぼやけてきている。クリエイターやアーティストなどのプロとセミプロとの境が曖昧になり、仕事をする場所は自宅やレジャー先にまで拡張し、住む人と訪れる人の境目に「関係人口」というものが生まれた。用途や役割の境界線が曖昧になることは、役割を担い、活動をする人の双方に自由度を与えることである一方で、「そのもの自体がどうあるべきか」という哲学を表現し難くなることでもある。
 日本の建築史において、世界にその哲学を知らしめた「メタボリズム建築」の代表格である中銀カプセルタワービルの解体がいよいよ2022年4月に開始された。このことは、ひとつの時代の終焉を示すとともに、まちづくりの中における新たな建築のかたちを模索する契機となるものでもあり得よう。 
 公共建築は、近代に至るまで芸術作品としての性格が色濃かった。戦後から、建築はそれを「つかう人」に主役が移り、機能性が重視されるようになった。では、まちはどうか。道路や公開空地の公園的な活用が進み、オフィス、住民の憩いの場、商業施設などが合体した複合施設が主流となった。建築や道路の利用目的や利用ターゲットが固定化されず、複数の活動シーンで利用されるような使い方を予め想定した建築・開発が主流となっており、建築単体のみならず、まちという空間全体においてフレキシビリティ(用途や機能の変化、増築や改修などの空間の部分的な変化に対応可能であること)が重視される時代になっている。この潮流は、人間を主役とした活動の場をより活性化させるという側面が第一義としてありつつ、経済効率性や人口減少を背景として、多様な時間に多様な人が使う複合的用途を持たないと建築やまちが立ち行かないという厳しい現状の裏返しでもある。

2.近代建築の保存に係る現況

近代建築、特に戦後モダニズム建築の多くは2000年前後から劣化による維持保存コストの逼迫や経済効率性の悪さが顕著になり、保存と活用に係る議論が活発化してきた。1990年代まで、歴史的建造物等を適切に保存し、これを経済的利益に繋げようとする動きもあったが、2000年を過ぎるとこれらの動きは経済の落ち込みによって急速に縮小した。

  1. 保存のための予算確保の困難さ
  2. 公共建築においては、保存に係る中長期的なコストと利便施設としての機能低下をカバーできず、解体されるケースが殆どである。築60年を迎える長崎市役所は、耐震補強に約100億円かかることが試算され、補強をしても建物自体の長寿命化が図れないことから、2011年に解体の方針が決定された。
     一方、弘前市は保存を選択した。前川國男が設計した青森県弘前市庁舎本館は、大庇と呼ばれる深い軒、外壁のレンガ・ブロックなど、その後の前川建築を特徴づけるスタイルへの転換点と位置付けられる建築だ。市は2014年から4年をかけて新庁舎の建設と合わせて本館の改修を行った。新庁舎と付帯する立体駐車場と合わせた総事業費は約65億円にのぼる(合併特例債と補助金を活用し市の実質負担額は約19億円)。
     弘前市は、前川建築を後世に遺していくことを重要なミッションとして市政に位置づけており、市庁舎以外にも複数の建築の維持保存を行っている。保存会の活動も活発で、市内の前川建築が市民に親しまれ地域の誇りとして浸透していることも、多くの費用を掛けて保存を行っていく機運を生み出す動力となっている。

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    弘前市民会館(筆者撮影)

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    弘前市斎場(筆者撮影)

  3. 老朽化し建築として機能しない
  4. 個人的に、世の中から無くなって淋しかったなと思う建物には菊竹清訓のものが多い。
     菊竹清訓の代表作、旧都城市民会館は市制40周年を記念して1966年に建設された。鉄骨の梁が扇状に広がるハリネズミのような外観写真を見たことがある人もいるだろう。市のランドマークとも言える建物であり、国際的に知られる近代モダニズム建築における保存と活用の議論として注目された。都城市が2018年に実施した旧都城市民会館に関する市民アンケートの結果によると、「保存活用」を希望した人が15.3%であったのに対し、「解体」は83.5%に達した(調査対象はランダム抽出4,000人、回答率34.4%)。ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)を構成する組織のひとつ、「20世紀遺産に関する国際学術委員会」が解体中止の要望書を市に提出しているが、同市は2019年2月5日に解体方針を発表した。
     出雲大社には、1963年竣工の菊竹による庁舎があった。竣工の1ヶ月後から各所で雨漏りが発生し、これまで数十年に渡って継続的に修理を重ね、その累積費は建設費を上回っていた。雨漏りの解決に至らないことから旧庁舎内に計画していた宝物展示室を設置できず、別途宝物館建設を余儀なくされた。日本建築学会や学生有志等による保存要望書を受けて議論を重ねた結果、出雲大社は庁舎の解体を決定し、その検討経緯は現在も公式ウェブサイトで閲覧することができる。

    建築史上の重要性を鑑み、建築の意義、哲学、意匠としての価値を残すためには莫大なコストがかかるが、建築を抜本的に長寿命化することが困難なケースにおいては「一時しのぎ」の措置に留まってしまう。費用負担者の責務と、今後の維持保存を行うための経済的なサイクルを生み出す仕組みが明示されない保存活用要望や専門家の見解は、残念ながら建築を所有する主体者の助けになるものにはなり得ていない。マネタイズするための用途変更計画を立案したり、公的資金や企業スポンサーなどの資金調達をするプレイヤーが不足していることが大きな課題と言える。地方部において、人口減少に伴い地域コミュニティが消失しかけている中で、それを使う人が喜び、使うシーンが容易に想像できる状態でない限り、建築という大きな物質をまるごと残していくことの困難さは一層高まっていく。

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主な戦後モダニズム建築の解体状況

3.中銀カプセルタワービルの保存活動

黒川紀章の初期代表作である中銀カプセルタワービルは、1972年に設計された世界初のカプセル型の集合建築である。10㎡のカプセルルームが木の実のように接続された特徴的な外観で、世界中にファンがいる。老朽化と外壁内側に使われたアスベストが問題となり2007年に一度解体が決定されたが、国内外で保存・再生の声が高まり解体計画は中断されていた。そしてこの度、当該建築のコンセプトの象徴であった「カプセル交換」が一度も行われることのないまま、2022年4月から解体が開始されている。
 中銀カプセルタワービルの保存・再生プロジェクト代表の前田達之氏にこれまでの活動経緯を聞いた。

  1. 保存運動の経緯と障壁
  2. 以前から保存活動は散発的に行われていたが、保存・再生プロジェクトとして2014年に活動が組織化された。分譲マンションの特徴として「区分所有」であるため、保存を希望するオーナーによるカプセル所有数を増やしていくことで保存に繋げていこうとしていた。前田氏自身は、最終的に15カプセルを所有したと言う。
     しかし、区分所有は意見を一致させるという点において大きな障壁となった。管理組合全員の意見がまとまらなければ、保存にかかる費用を分担することができない。保存・再生プロジェクトメンバーを中心としてカプセルの修繕・交換を目指したものの、カプセル全てを交換する費用だけで20億円以上と試算され、この高額な費用を所有者や有志で分担することは非現実的であった。
     次に検討したのが、1棟全体を保存してくれる会社に売却するという方法であった。欧州の会社の一部には、自社事業予算の何割かを社会貢献事業に充当するという規定を有しているケースがある。石造りの歴史建築が多い欧州においては、古い建物を使いながら残していくという文化があることから、社会貢献事業として中銀カプセルタワービルの維持保存事業への参画を交渉し、一定の反応を得ていた。交渉途中の段階でコロナ禍に突入し、企業活動の停滞や事業見直しを余儀なくされるタイミングで議論を中断せざるを得なかったことは不運であったと言える。

  3. 保存を通じて生まれたネットワーク
  4. 保存・再生プロジェクトでは、定期的に中銀カプセルタワーの見学会を実施していた。「興味深かったのは、『建築ファン』でない多くの人が共感してくれたこと」と前田氏は話す。黒川紀章が『家族が分解されて個の時代になる・子供が大人になったらカプセルごと巣立っていく』と述べたとおり、それぞれの住民は独立しているものの、年齢も職業もばらばらな人間が集まりながら、カプセルというものだけで繋がったゆるいコミュニティがカプセルの内外で構築されていった。前田氏は、「建築の保存運動においては、専門家などによる“上からおりてくる保存活動”が多いなかで、当該物件は住民・賃借人からのボトムアップで活動されてきたことが、ファンを含むコミュニティとしての結束と長期の活動に繋がり、2007年当時に『持ってあと1~2年』と言われた建築を15年もの期間延命できた」と言う。

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    発売当初のマンションカタログ(出所:中銀カプセルタワービル 最後の記録(草思社))

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    ビル外観(出所:中銀カプセルタワービル 最後の記録(草思社))

  5. 中銀カプセルタワービルの魅力
  6. 「雨漏りがしてお湯が出ないのに、泊まってみたい・住んでみたいと思う建物なんて、もうきっと今後は出てこない。自分の記録のなかに建物を残していきたい。建物の風景のなかに自分が混じりたい、と思わせるものだった。」と前田氏は語る。消費者からは、建物の価値のみならず住まい方や哲学を含むアート性を高く評価されていた。ハリウッド映画や海外テレビCM、ファッション誌、ミュージックビデオなどにおける撮影、音楽イベントの開催などが行われ、映像関係を生業とする方が事務所として利用していたりもした。「おもしろい建築」だから世界中にファンがいたということではない。集合住宅という特性上、そこに生活があり、この建築の哲学に共鳴した人が集い、そこでの生々しい暮らしぶりを通じて建築自体が目指したかった理念が発信されたことが、中銀カプセルタワービル特異の現象であった。そこで、保存・再生プロジェクトでは建築の価値を伝達するのではなく、住民20人の部屋の使いかたにフォーカスした本を発行し、そのことによって更に注目を集めた。

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カプセル内部(出所:中銀カプセルタワービル 最後の記録(草思社))

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カプセル内部(出所:中銀カプセルタワービル 最後の記録(草思社))

4.保存活動が生んだ部分保全への展望

保存・再生プロジェクトが解体に賛同する条件として一部のカプセルを取り外しての保存が提案され、黒川紀章建築都市設計事務所とともに、再生可能なカプセルの選定と再生の手法が検討されている。美術館やギャラリーからの問い合わせは多く、複数の美術館等にカプセルを引き渡せる見込みが立ちつつある。50年ほど前に、山の斜面にカプセルを並べた住居コミュニティとしてのカプセルビレッジ計画が黒川紀章により構想されていたが、宿泊施設(泊まれるカプセル)として転用することで50年越しにその構想が具現化する可能性もある。
 生物学の概念を取り入れているメタボリズム建築の考え方は、機能性自体が時代や住む人・使う人によって変わっていくのであれば、形態も変容していくべき、というものだ。「今回は解体されてしまうが、カプセルは残していける。原理原則の建築コアが残らずに枝葉だけ残って意味があるのかという声がないわけではない。が、メタボリズムの哲学に照らせば、現代の社会環境の中で「細胞(カプセル)」だけが残ったとしても、それは黒川紀章の哲学に反するものではないはずだと自らに言い聞かせている。」という前田氏の言葉が印象的であった。近代建築自体を守るか守らないかの二択で考えるのではなく、建築の一部(細胞)が取り外され、どこか別の場所で別の機能を持って新たな命を得ることを「新陳代謝(メタボリズム)」の一環とみなして肯定する姿勢は今後の歴史的建造物の保存活用に向けて重要な示唆である。

5.メタボリズム建築が未来につなぐもの

ファンの多いふしぎな建築のひとつに、2005年に竣工した三鷹天命反転住宅がある。身体性や筋肉の動きを感じる仕掛けが満載の、極彩色の「死なないための住宅」だ。2021年に保存のためのクラウドファンディングが行われ、僅か3か月で1,300万円を突破した。経済効率性や機能性に偏重する建築が主流となってしまった現代において、コンセプトありきの建築がファンをつくることや、「生きる」ことと「建築や空間を使う」ことの関係性が見直されているのではないかと気付く。建築から「哲学」が失われて久しいが、「(生々しく)生きる」ための空間として、建築やまちというハードウェアは単なる機能物ではなく、生命を刺激するものであってほしいというニーズが増しているのではないか。ひとが生きる空間である建築やまち、とくに公共建築・公共空間において、コスト最適化や環境配慮、景観調和を主要ミッションとしていくことからの転換期に差し掛かっているのではないか。
 菊竹清訓は著書『代謝建築論 か・かた・かたち』の中で、『究極的には、建築は動くもの、交換できるもの、循環するものにしてしまうのであろう。そしてついには、建築は生き物として規定しようとするであろう。』と述べた。この「建築」という単語を、そのまま「まち」に置き換えると、現代のまちづくりにおける公開空地や道路・歩道を活用した可変的なまちの景色づくりや機能提供のあり方に通底する。世帯の単身化、多拠点居住やアドレスホッパー、ミニマリズムなどの住まい方の変化は、個としての空間で機能的に活動しつつ、その空間が一箇所に固定されずに複数の舞台に飛び立っていくメタボリズムのイメージと合致する。「境界のあいまいさ」と「使う人が主役となる機能空間」、「軽やかな新陳代謝」をまちの構造として実現するために、メタボリズム建築の哲学は再解釈される価値がある。特に地域行政においては、リノベーションや用途転換の限界点を直視し、0か100かという保存の考え方を拡張・転換し、歴史的建造物の「どんなコア・哲学を残すのか」を問い直すことで、保存におけるコスト削減と建築及びまちの新陳代謝の双方の実現を目指していくことができるだろう。
 中銀カプセルタワービルにおいて、”死なない建築物”としての「メタボリズム」は実現せず、変容の可能性だけをその身に内包した美しいさなぎのまま、土に還る。未来に向けて、複数個所に飛び立っていく細胞(カプセル)が新しい活動のコアとなり、温故知新による新たな建築や都市計画・都市活動の着想源となり、そこからきっと新時代の空間づくりの哲学に繋がるさなぎが生まれる。