クロス・ツーリズム ロゴ 【特別寄稿】“Tourism x LCC” 『より安く、より遠くへ』 LCC国際線の新時代 ―最新鋭機「LR」が拓く新路線を予見する―

アフターコロナ環境での事業再構築の必要性から、航空各社は機材のダウンサイジングとLCC事業の輸送力強化策を発表しています。これまで大型機材は長距離路線の主役として活躍してきましたが、今後導入される小型の機材にも遠距離を飛行できる航続性能が求められています。そこで本稿では新たに導入される機材に焦点を当て、LCCによる新規国際路線の想定とその影響について考えます。

野村 尚司

野村 尚司 客員研究員

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目次

1.アフターコロナ環境で強まる「お値打ち」志向

2019年まで航空旅行市場には旺盛な需要があり、航空各社ではFSC事業の収益が経営の柱となっていました。FSCとはFull Service Carrierの頭文字をとったもので、フルサービス型の既存航空事業を指しています。空港や機内での高いサービス品質を維持し、マイレージサービスもより魅力的にすることで顧客の維持・確保を目指すビジネス・モデルです。特に長距離路線では、上級クラス席を多数配置し快適性を確保することで運賃単価の高いビジネス需要の取り込みに成功してきました。しかし新型コロナ禍以後の状況は一変、収益が急落して窮地に追い込まれたことは皆さんご存じのとおりです。

2020年秋にANAグループは新型コロナ禍環境での需要の変化について次のように述べています(1)。

  1. ビジネス需要は減少し、完全には戻らない。(Web会議の浸透など、ワークスタイルの変容)
  2. レジャー市場や友人・親族訪問市場は今後も堅調。ワーケーション、居住地分散などにより、潜在的な成長あり。
  3. 新たな顧客ニーズへの対応(ESG/衛生、清潔、非接触/セルフ、シンプル、パーソナル)

さらに同社は、エアラインにおけるビジネス・モデルの変革として、市場の「Value for Money(お値打ち)志向」や「シンプル化・非接触」への対応推進を挙げています。

航空会社の収入面からみますと、国内線運賃単価は2011年から2020年の9年間で約20%下落し歯止めがかからない状況(2)であり、旅客の低価格志向にどのように対応するかが喫緊の課題となっています。費用面では燃油価格高騰への対応や、CO2排出量削減などESG経営推進の観点からも、燃料消費量の少ない「低コスト」かつ「エコな機材」が求められるようになりました。
 また昨今のメリハリ消費の意識の高まりにも配慮が必要です。自分の好みに応じてお金の使い方を変化させる、たとえばLCC利用の浮いたお金でワンランク上のホテルで豪華な気分を味わうような旅行スタイルが定着を見せています。低運賃とシンプルなサービスを提供するLCCはまさに市場ニーズにマッチしその利用者は増え続けているのです。

こうした状況を踏まえ航空各社では事業計画の見直しを相次いで発表しました。その柱とはFSC事業の大型機材退役の前倒しと、LCC事業の拡大と新型小型機材導入の加速です。ANAグループでは、エアライン事業の規模を一時的に小さくすることでコロナのトンネルを抜ける、と説明しています。しかしビジネス需要の復活は見込みにくく、FSC事業でこれまで活躍してきた大型のボーイング777型の退役後、ひと回り小型のボーイング787型機などの中型機に更新させています。LCC事業用機材では小型のエアバスA320neoとその長距離型のエアバスA321LR(以下、LR)の導入がその目玉となっています。
 そうしたLCC事業の拡大と機材小型化が今後に与える影響はどのようなものなのでしょうか。

2.より遠くへ飛べるLRが拓く新路線の想定

我が国の2大LCC、ANA系ピーチアビエーションとJAL系ジェットスター・ジャパンでもLRが導入され、既に国内線での運用が開始されています。またピーチアビエーションでは2022年度中に国際線中距離路線への進出に関する発表が行われました。
 この機材は単通路型小型ジェット機のエアバスA320シリーズのひとつである、A321ceoをベースに開発されました。燃料タンクの増設に加え、低燃費エンジンに換装することで燃料の余剰分だけ航続距離が増加し、A320既存型が到達不可能であった遠距離路線への就航可能性が出てきたわけです。
 そこで筆者は公開データを基にLRが実現しうる新規国際路線の想定を行ってみました(3)。

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【新千歳空港発着区間】
新千歳空港発着路線では次の2点に要注目です。まず、第一にタイ・バンコクへの直行便開設可能性が出てきたことです。東南アジアのタイでは経済発展を背景とした旅行ブームが高まりを見せました。同国アウトバウンド市場において訪日旅行、特に冷涼な気候を体感できる北海道は高い人気を誇っており、新千歳・バンコクの路線開設はその受け皿となる可能性があります。
 第二にはアラスカ州アンカレッジまでの区間が航続距離の範囲内に収まることとなったことでしょう。日本発アラスカ行きの旅行は旅行会社が企画販売するパッケージツアーが人気です。オーロラ鑑賞を除くと夏場に旅行者が集中しており、北米最高峰のデナリ(マッキンリー)山を中心とするデナリ国立公園、展望列車や高緯度地域における白夜体験などに人気があります。従来アラスカへのアクセスは北米西海岸諸都市の経由を余儀なくされ、時間の浪費につながっていました。仮に本直行便が開設されればこうした問題は解消されます。また新千歳空港は国内線ネットワークも充実していることから、北海道だけでなく他地域発着の旅行客を取り込むことも可能となります。
 
【成田空港発着区間】
成田空港において特筆すべきはタイ・バンコクと同国のビーチリゾート地であるプーケットへのアクセスに道を拓いたことです。新型コロナ禍の影響がなかった2019年の日本人のタイへの訪問者(アウトバウンド)数は約181万人、タイ人訪日客(インバウンド)数は約132万人となっており、両国の人流合計は年間300万人を超える規模まで成長しました。2009年時点ではアウトバウンドが約100万人、インバウンドが約11万人に過ぎずその増加には目を見張るものがあります。これまで成田・タイ路線は客室内通路が2本あるような広胴型大型機で運航されてきました。今回取り上げたLRは単通路かつ200席台前半規模と小型であり、低コストと集客リスクの低さを背景に、継続的な低運賃の提供と搭乗率の維持向上も期待できるなど、安定的な企業運営に寄与できそうです。
 さらにマレーシアやシンガポール路線の開設にも期待がかかるところです。
 
【中部国際空港・関西国際空港・福岡空港発着区間】
タイ、マレーシア、シンガポールに加えインドネシアと東部インド・ネパールへ、また豪州・ダーウィンへの到達も可能となっています。

3.LRがもたらした3つの可能性とは

上記の想定から以下の3つの可能性が見えてきました。

  1. 新たなリゾート直行路線の開設可能性
  2. JTB総研の調査によると、「安価」であることがLCCの圧倒的な魅力であるとし、若年層がその利用をけん引してきました。また同社の海外旅行先での行動に関する調査によると、「スイミング・ビーチ・スノーケリング」は全体の9.0%、東南アジア方面では11%に留まっています。しかし海浜リゾートの楽しみが中心となるハワイでは29.2%、さらにグアム・サイパンでは43.2%に到達しています。LRはタイ・プーケット、マレーシア・ランカウイやインドネシア・デンパサール(バリ島)といったアジアのリゾート地をカバーできることが判明しました。
     従来こうした空港へは大型機による運航か経由地での乗継を余儀なくされてきました。東南アジア地域の低廉な旅行費用も勘案すると、本機材でのリゾート地への直行便開設による若年層を中心としたリゾート旅行の活性化も期待できるでしょう。
     豪州・クイーンズランド北部のリゾート地であるケアンズにも期待される読者も多いのではないでしょうか。今回の想定では5,855kmと到達可能空港には入りませんでした。同じLR機材でもジェットスター・ジャパンの座席は238席と高密度配置なっている一方、ピーチアビエーションは218席に留めています。座席に余裕を持たせることで快適性が向上すると同時に乗客・手荷物重量の削減分だけ多くの燃料が搭載可能となります。さらに運航上のテクニック(4)を組み合わせることによりケアンズへの運航が可能となり得る旨を付記しておきます。

  3. 有給休暇取得支援と海外ワーケーション拡大の可能性
  4. 政府は、新型コロナ禍以降の観光トレンドの変化として「分散型旅行」の重要性を挙げています。これは、官民一体となって、「人数・時期・時間帯・場所」が分散する旅行の促進キャンペーン実施し、また「旅行・交通系企業等も、平日の利用を促進する商品を開発する」とした内容です。また有給休暇取得の容易化が進んでいくことで「より遠く、より長期の旅行」が定着する機運も高まってきました。移動距離が長いデスティネーションでは通常旅行日数が長くなり有給休暇の取得日数増加、さらには海外ワーケーションの促進にもつながります。今回の想定で見られるような東南アジア主要都市やリゾート地への直行便の開設可能性はその受け皿となると考えてよいでしょう。

  5. 地方発着の航空アクセス拡大の可能性
  6. 小型機による運航は大型機ではマッチできなかった小規模市場への対応、ならびに地方空港の路線開設・便数増加につながります。今回の想定で示した主要な目的地は東南アジア諸国の空港でした。この地域の経済成長は著しく所得も増加の一途を辿っており、アフターコロナでは短期間のうちに訪日旅行需要の復活が見込まれています。同地域からのリピーター層の増加により大都市以外の多様なデスティネーションへのアクセスが求められる時代になりました。地方空港発着の直行便開設はその受け皿となり、旅行者の利便性向上と共に地域の経済活性化・国際化にも寄与することとなります。

4.おわりに

機材の航続性能向上は今後も続きます。2024年にはLRの発展形であるXLR(eXtra Long Range)のデビューによりさらなる長距離路線の出現が想定されます。
 今後もこうした高性能小型機材の動向から目が離せそうにありません。

 
【脚注】
(1)出典:ANA HOLDINGS NEWS、ANAグループの新しいビジネス・モデルの変革について
(2)出典:国土交通省「航空輸送サービスに係る情報公開」
(3)大圏距離をベースに計算。運航上の諸制約を勘案した上で従来型機材(ceo/neo)の最長距離(4,296km)とLRで想定される最長距離(5,407km)の差を基にそのレンジに当てはまる主要区間をリスト。尚、航空機メーカー・航空会社が示す航続距離とは異なります。他にも季節風、ETOPS(双発エンジン機の運用制限)や労務規定などの制約が存在します。
(4)ACL制限やリクリアランス方式など。
 
(尚、本稿は野村尚司「エアバスA321LR/XLRによる新規路線の想定」(東洋大学国際観光学部)の内容を基に構成しました)