日本におけるLCC成功の要件とは

低運賃を武器に世界中で急成長を続けるLCC(格安航空会社)。わが国でも日本航空や全日空が相次いでLCC事業への参入を発表し本格的な展開に乗り出しました。しかし今後のLCC展開に死角はないのでしょうか??過去の失敗原因や成功の条件を外国の事例も交えてご紹介します。

野村 尚司

野村 尚司 客員研究員

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目次

わが国でも本格的なLCC時代が到来

LCCとはロー・コスト・キャリアの頭文字で、低コストによる低価格提供を武器に、価格に敏感なレジャー客や親族・友人訪問層の市場拡大を目指す新しいタイプの航空会社です。近年、欧米ではLCCが急拡大し、格安な移動手段として広く定着してきました。これはマイレージポイントや空港・機内での細やかなサービス、充実した路線網の構築など利便性提供を重視する既存の航空会社とは好対照をなしています。

日本では1996年に低価格を武器にスカイマークが国内線に新規参入し、今後もさらに路線の拡大と低価格化を目指す方針です。既存の大手航空会社でもLCCの設立計画が発表されています。
2011年の主な動きは以下のとおりです。

*2月1日に、ANAが香港の投資会社とLCC設立に向けた出資を行う旨を発表。本邦初の本格的LCCとしてブランドネームを「Peach Aviation(ピーチ・アビエーション)」とし、2012年3月より国内線の運航を決定しました。

*4月12日に、スカイマークが成田空港発着の国内便を10月30日から運航することを発表。記念割引運賃「スカイバーゲン」として合計28,800席分を980円で提供することを表明し、大きな反響を呼びました。同社西久保愼一社長は、この成田路線では「(当社が考えられる)LCC国内最終型を目指す」とコメント。これまで進めてきた低価格化をさらに推進することとしました。

*7月21日に、ANAはマレーシアを本拠地とするLCCであるエアアジアと共同で日本に「エアアジア・ジャパン」を設立することを発表。低コスト・低価格のLCCビジネスモデルを採用し、2012年8月には成田空港を拠点に国内線および国際線の運航を開始予定です。
*8月16日に、JALは豪州のカンタスグループや、航空機のリースを提供する三菱商事と共同でジェットスター・ジャパンを設立し、2012年末までに運航を開始すると発表しました。

ピーチ・アビエーションは運航拠点を関西国際空港に置くものの、残り3社は成田空港に運航拠点を置く可能性が高く首都圏での競争激化が予想されます。

既存の大手航空会社がLCCビジネスに参入する意義とは

これら既存の大手航空会社がLCCビジネスに参入するのは何故なのでしょうか?

実は航空事業を展開する環境の変化に理由がありそうです。巨大な市場に位置する首都圏空港の発着権は既に各社に配分されており、新規取得は大変困難でした。ところが空港インフラの整備が進んできたため発着枠が拡大されることになりました。航空各社はその確保に全力を尽くしていますが、利用客の低価格志向を受け、新規LCCによる低運賃提供で新たな需要開拓も狙っているのです。

既存の航空会社グループで運営するLCCの成功事例としては、カンタスグループのジェットスターがあります。これは同グループ内にカンタス航空(ネットワークキャリア、高い品質、業務旅行やFFP会員の利用などプレミアム市場を想定)とジェットスター(LCC、低価格、レジャー市場を対象)の「2ブランド」制を展開し、市場と路線の棲み分けを行うことでそれぞれの得意分野に特化する戦略をとりました。同社日本路線の事例でも、ターゲット市場や路線の重複を回避しながら状況に適応することに成功しています。具体的には2007年にジェットスターが関西空港発着路線を開設するにあたってそれまで同路線を運航してきたカンタス航空は撤退し、事実上の「路線委譲」による路線重複回避と事業収支改善に成功しました。また、高い安全性を誇るカンタスグループのイメージを全面に打ち出すことで、LCCの安全面に対する漠然とした不安感を解消することにも成功しました。

これにより企業グループ内にLCCを設立しレジャー市場への特化と拡大を進めるのと同時に、既存の航空部門は業務旅行市場やマイレージ会員を中心とするいわゆるプレミアム市場をターゲットとするといった事業ごとの棲み分けを実現させています。

本事例で特徴的なことは、もともとジェットスターは親会社であるカンタス航空が設立したものではないことです。ジェットスターの前身はインパルス航空という独立した航空ベンチャーであり、その事業を2001年にカンタスが買収しカンタスの資本・機材・信頼感などの基礎的なインフラを活用しながら独立性を保持して成長・発展させたものです。

他の大手企業がLCC参入に失敗した原因とは

これまでに、既存の大手航空会社が低い運航コストを実現させるために同じ企業グループ内にLCCを設立したものの、運営に失敗し撤退を余儀なくされたケースが多く見られます。

その失敗の理由としては、既存航空会社の出向者を多く受け入れ、営業・予約発券・空港オペレーションなどで既存の手法を踏襲したり、既存航空とLCCの手法を「足して2で割る」ことにより満足なコスト削減に至らないなど、LCC本来の戦略が十全に実行されなかったことが挙げられます。また既存航空会社からの出向社員がそれまでの成功体験を捨て切れなかったことも、LCCビジネスモデル運営上の阻害要因となったようです。昨今、日本の大手航空企業が経営不振により大規模な人員削減を実施したのは記憶に新しいところです。今後事業の更なる合理化のため、グループ内LCCを余剰人材の「受け皿」として利用すると、LCC運営に支障をきたす可能性も否定できません。

この点についてアジア地域で成功を収めているLCC、エアアジアの社長トニー・フェルナンデス氏は「当社の最大の財産は人材」であるとし、既存航空の考え方とは距離を置いた新しい企業文化の重要性を強調しています。ジェットスター日本支社長の片岡優氏は、業界紙とのインタビューで「カンタスから引き継いだ部分は安全運航面、整備、乗員の訓練などに限られている」とし、出向などによるカンタス本体からの人材の交流などはほとんど行っていない旨の発言を行っています。またピーチ・アビエーション社長の井上慎一氏も「ANAからの出向者の多くは(ANAを)退職しピーチ正社員に転籍し、既に戻るところはない。異業種からの転身組や外国人社員と共に航空会社の新しい文化を創りたい。」とコメントしています。

LCCの独立性を維持させるためのリーダーシップとLCCビジネスモデルの徹底的な実践

これまでANAやJALは、ひとつの既存航空事業で全ての旅客層を総花的にカバーしてきました。今回のLCC事業立ち上げは対象となる市場を特定・限定した上で経営資源を集中させ、経営の効率化と市場への適応を同時に実現させることを目指しています。そのためには既存航空会社での経験則を一旦捨て、新しい航空のビジネスモデルとしてLCCを運営することが必須であり、既存事業との明確な棲み分けが求められています。