地域博物館の価値再考 ~「住民参加」から次のステップへ~

1980年代以降、地域博物館(地域住民が普段の生活の中で訪れる博物館)を地域活性化の起爆剤にしようとする動きが全国各地で生まれてきた。これに伴い博物館の機能は大幅に拡大され、博物館を地域活性化のコア施設として位置付けるケースも増えた。日本の文化発信の拠点のひとつとなる地域博物館の変遷を考察する。

河野 まゆ子

河野 まゆ子 執行役員 地域交流共創部長

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現在、日本には約6,000館(*「博物館法」に規定するもの以外を含む)の博物館がある。歴史資料館や美術館、科学館、動物園、植物園、水族館など、取り扱う対象物や形態は様々だ。「資料の収集・保管、展示による教育、調査研究」を一体として行う機関としての博物館は、戦後、人々の「社会教育・学びのための施設」としての性格を強めてきた。特に1980年代以降は、地域における生涯学習や子供の体験学習の拠点、ボランティア等の社会貢献活動に参画できる場としての色合いを濃くしている。

1960年代、高度成長に後押しされ博物館の設置が加速された時期があった。東京や大阪等の大都市に位置するフラッグシップ的な大型の博物館のみならず、地方自治体が多くの公立博物館を開設したのもこの頃である。地域に密着した博物館は、日本を代表する大規模な博物館と異なり、地域史の解明、地域文化の向上、地域の環境保全など地域に根ざした博物館活動を行い、それらの活動が広く市民に開かれているという特徴がある。

浜口哲一氏 (元平塚市博物館長)は、話題性の高い展示や良好な環境を目的としてハレの日のおでかけやイベント気分で訪れる人が多い博物館を「遠足博物館」と表現した(著書「放課後博物館へようこそ」/2000年)。これに対比させ、地域住民が普段の生活の中で何回も足を運んで展示を見、行事に参加するような博物館を「放課後博物館」と呼んだ。

1980年代以降、この放課後博物館(地域博物館)を地域活性化の起爆剤にしようとする動きが全国各地で生まれてきた。これに伴い博物館の機能は大幅に拡大され、博物館を地域活性化のコア施設として位置付けるケースも増えた。

博物館の機能拡大と施設コンセプトの変遷は、「ミュージアムが都市を再生する」(上山信一・稲葉郁子/2003)よって以下のように完結に整理されている(表1)。現在は「第3期」にあたり、“市民参加”“地域力”などのキーワードが目につく。戦後に普及した「珍しいもの、すごいものを見せる」場であった博物館機能は今や大都市部の大規模な博物館のほか、特筆すべき個性を持つ一部の館に集約されていく一方で、地域に散在する数多の博物館は「人と人の交流の場」としての機能を強めることになってきたことがわかる。

地域密着型の博物館といっても、その目的や手法は多岐にわたる。以下で特徴的な事例を3点挙げる。

  1. 地域力の保護・向上と研究活動が齟齬なく連携している例
    市立飯田市美術博物館(長野県)を挙げる。当館は、地域における歴史・美術・自然等を網羅した総合博物館であり、これに特化した研究や標本収集を行っている。特筆すべきは自然部門で、「伊那谷自然友の会」という制度を設けて地域の研究者・専門家と連携し、地域の生態系保護のための外来植物駆除活動等を積極的に行うことで社会環境の改善に寄与している。
  2. 子供の教育という側面からの面的なアウトリーチ活動
    協賛金等による活動「Kids Art Project Shizuoka」による「しずおか ミュージアム・パスポート」は、「子供の頃から本物の(質の高い)芸術に触れてほしい」という目的で開始された。静岡県内の小学校549校の生徒を対象として「しずおかミュージアム・パスポート」を配布し、パスポートの提示でプロジェクトに参画する県内43館(公立・民間計)の展覧会鑑賞料金が最大小学校6年間無料になるというもの。参画機関の多さは特筆に値する。
  3. 建物、空間から外へ飛び出していくミュージアム
    西野嘉章(東京大学総合研究博物館長)が「博物館存在様態のパラダイム変換」と主張する産学連携プロジェクト「モバイルミュージアム」は、期間限定で(あるいは半永続的に)作品や展示物単体を貸し出すのではなく、小さなユニットしての「ミニ博物館」の空間や展示ケースをどこか別の場所に仮設展示する試み。2013年3月に開館した東京丸の内のJPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク(IMT)もそのひとつで、昭和モダニズムの名建築である東京中央郵便局を活かした展示室内に、東京大学の130余年を共に歩んできた学術標本が並んでおり、タイムスリップしたかのような空間が構成されている。その展示スタイルは、東京大学構内の博物館に足を向けたことのない全ての人に向かって「何らかの具体的な知識を伝える」のではなく、「知とは何かというものを伝える」というコンセプトに基づいている。

なお、文化庁が実施している「地域と共働した美術館・歴史博物館創造活動支援事業」では、支援対象とする地域博物館のあり方を以下のように分類している。

  • (1)地域とともにある美術館・歴史博物館
  • (2)地域のグローバル化拠点としての美術館・歴史博物館
  • (3)人材育成に貢献する美術館・歴史博物館
  • (4)新たな機能を創造する美術館・歴史博物館

前述の例に照らせば、飯田市美術博物館は(1)、「しずおか ミュージアム・パスポート」に参画する静岡県内の博物館群は(3)、モバイルミュージアムのような試験的な試みは(4)に該当するものと読み替えられる。既に一定の成果を上げているこれらの取組みをベースに、地域に根差した博物館が地域の活性化を後押しする重要な機関になり得るという期待が地域内外から寄せられている。

一方で懸念することは、上述の分類すべてを網羅するような、「地域住民の憩いの場となり、子供たちの地域愛を育み、熟高年層の生涯学習機会や雇用を提供し、さらには観光客誘致にも貢献する誘客力のある博物館が欲しい」というファンタジックな博物館万能説を唱える地方自治体が散見されることだ。これまでに示した通り、博物館は原則として「博物を展示する教育施設」であり、その機能拡張の段階で、人材育成や地域の課題解決、交流人口の増大など何らかのミッションを新たに付加されてきている。博物館個々の成り立ちと地域特性に照らし、いずれの分野の機能拡張に繋げていくかを厳しく取捨選択することによってはじめて、地域に対して提供できる新たな価値が決まるのだ。
以上の視点に立ち、本稿ではこれからの地域博物館のあり方として第4期のビジョンを以下のように提案したい。

第4期は、第3期の「市民参加」の意義と効果を維持しつつ、博物館の原則に立ち返り、地域社会に対してより大きな価値を継続的に提供・創出することに目的を絞り込むことが重要であると考える。地域の課題には、先に述べた通り、雇用問題や児童教育、市民の交流機会増、地域への入込客増など、ここに挙げるほかにも様々なものがある。それらの課題解決の主たる担い手が地域行政、民間企業、博物館、地域住民のだれであるべきかをまずは検討しなくてはならない。さらに、近年各地で人気を博している「アートプロジェクト」との差別化を行い、各々の優位性を活かした融合・協働を図らなくてはならない。そのうえで、地域博物館は、かつて非日常空間であった「遠足博物館」時代のワクワクし心躍る機能を時代に合わせて再構築すると同時に、地域の人が1年に、あるいは1ヶ月に複数回足を運ぶ価値があると感じることができる機能を厳選して付加していくべきであろう。

2020年には東京でオリンピック、パラリンピックが開催される。オリンピックは、スポーツの祭典であるのみならず、文化の祭典でもある。2012年ロンドンオリンピックの際は、オリンピック開催1ヶ月前からパラリンピック閉幕までの約3ヶ月にわたり、文化プログラム”London 2012 Festival”が開催された。シェイクスピアの戯曲を37言語で上演するなどのハイライトイベントのほか、オリンピック・パラリンピックに参加した204の国から2万5,000人以上のアーティストが参加し、音楽や演劇、美術、文学、映画、ファッションなど、大小の多様な文化イベントが催された。着目すべきは、これらの文化イベントやプログラムが大都市とその近郊にとどまらず、広く英国全土の900ヵ所以上の地域に拡散したことである。

2020年に向けて、日本の文化発信の拠点のひとつとなる地域博物館は、全世界に向けて「余所の人がそれに触れる価値を見出すことができるなにか」を発信していくことになるだろう。1980年代以降、それ以前の時代よりも“内向き”な機能整備を推進してきた博物館は、いま再び地域内外の人の感嘆を呼び起こすなにかを創出し、対外的な価値発信に舵を切っていく。