チャレンジに対峙し、機会を見出す―WTTCアメリカス サミットから

9月にペルーのリマでWTTC(世界旅行観光協議会)のアメリカサミットが開催された。会議のテーマは、“Facing Challenges - Finding Opportunities” 「チャレンジに対峙し、機会を見出す」。会議への参加を通じて、世界の旅行・観光業界が直面するチャレンジとは何か、また、どのような機会が見えてくるのかを考察する。

高松 正人

高松 正人 エグゼクティブフェロー

印刷する

目次

世界の旅行・観光業界が直面する課題

観光における政府の役割についてのセッション

南北アメリカをはじめ、世界各国から約400名の旅行・観光業界のリーダーたちが集った今回の会議では、世界の旅行・観光業界が直面する次のような課題が挙げられた。

  • 各国政府が、旅行・観光産業が世界の経済成長に果たしている役割について十分認識していない。
  • 各国政府内の観光に対する取り組みの足並みが揃わず、各省庁の個別政策が旅行・観光の成長を阻害していること:特にビザ手続きや観光インフラ投資の手続き面
  • 観光インフラが不十分で需要拡大に対応できない
  • 煩雑なビザ取得や入出国手続きのために旅行意欲が削がれたり、旅行機会を失う
  • 観光産業を支える人材の不足がより深刻化する

こうした課題を解決し、旅行・観光の持つ大きな成長可能性を現実のものとするため、WTTCのスコーシルCEOとUNWTOのリファイ事務局長が揃って各国の大統領や首相と直接面談し、国の成長に観光が果たす役割を説いて回る運動を展開している。政治のトップの観光に対する認識を変えることを通じて、各国における官民の観光投資を促進するとともに、ビザの免除や申請手続きの簡素化を加速させ、国境を越えた人々の交流促進を図ろうとするものである。

ミレニアル世代は本物の体験を求め、信奉するブランドには忠誠

ミレニアル世代の旅行関係の起業家たち

そうした国レベル、世界レベルの課題についての議論に加えて、今回の会議で注目を浴びたセッションは、「デジタルトラベラー=ミレニアル世代」をテーマにしたものだった。物心ついた時からデジタルの世界で育った、現在18~30歳の世代の旅行者が世界的に急速に拡大、旅行市場の20%を占め、その市場規模は1,800億ドル(約19兆円)に上るとも言われている。

スピーカーとして会議に招かれたミレニアル世代の若手経営者たちは、自らの経験も踏まえて、ミレニアル世代の特徴を語ってくれた。
その一つ目は、常にインターネットを通じて世界とつながっていることが当然と考えること。先進国に住む彼らの97%が携帯端末を持ち、日常の生活空間はもとより、旅行中でもWi-Fi等を通じてモバイルで世界とつながっていることがあたりまえという感覚だ。

二つ目の特徴は、「本物の体験(Authentic Experiences)」や「ここでしかできないこと」を求めること。彼らは、旅行先のコミュニティに入り込み、その土地でなければできない体験をすることに価値を置く。多くの人が楽しむ、すでに確立された観光よりも、ネット上のクチコミなどで見つけた、自分のやりたいことや価値観に適った体験を求める。宿泊施設も従来のホテルより、民宿や農家民泊などの非ホテルを選ぶ傾向が強い。その方が、より「本物」の体験ができると思うからだろう。多くのミレニアル世代に利用されている民泊の予約サイトAirbnbが、来年までに世界最大の宿泊サービスプロバイダーになる可能性も会議の中で議論された。

三つ目の特徴は、一方的に発信された情報には信頼を置かず、同じような立場の個人旅行者のクチコミを通じて、商品・サービスの良し悪しを判断し、購買を決定することだ。また「ミレニアル世代」と一括りにされ、マスのうちの一人として見られることを嫌い、「一個人」として扱われることを望む。一人ひとりのニーズや価値観にあった商品やサービスの選択肢を増やし、個々のニーズを満たすようにすることが、この世代への対応のポイントだ。

四つ目の特徴は、ブランドや気に入った商品・サービスに対する忠誠心が強いことだ。ミレニアル世代は、あるブランドやサービスがいったん気に入ると、多少損をするとわかっても自分が好むブランドを優先する傾向がある。このブランドとのつながりは、旅行先(デスティネーション)についても見られる。デスティネーションが持つストーリーやミッション、情熱に共鳴すると、彼らの中にその地と個人レベルの感情的な結びつきが生まれ、自分にとってのデスティネーション・ブランドとなる。ミレニアル旅行者たちは、そのブランドやその土地での素晴らしい体験をソーシャルメディアで共有し、それがまた新たな旅行意欲の掘り起しにつながる。

五つ目の特徴は、サービスプロバイダーにフレキシブルであること(柔軟性)を求めることだ。デジタルトラベラーは、旅行前に周到な計画など立てず、目的地やホテルに着いてから、携帯端末を使って自分に最も合いそうな旅行をアレンジする。事前に予約したものがあっても、キャンセルや変更はあたりまえ。彼らを捕まえようとするなら、サービス提供者側もフレキシブルにならなければならない。

コミュニティと観光

今回の会議で繰り返し聞いたことばは、コミュニティ(地域社会)であった。旅行・観光の形が変わり、観光の地域社会に果たす役割や貢献度が大きくなるにつれて、さまざまな文脈で観光とコミュニティとの接点が増えてきているのを実感する。

一つは、観光がコミュニティの活性化や成長に大きく貢献できるという議論である。旅行・観光業ほど、貧困を解消し、所得格差の縮小に貢献できる産業はないと言われている。地域が観光に積極的にかかわり、観光投資をすることによって、観光客による地域での消費が増え、雇用が創出されることは広く知られている。その一方で、観光客が増えることによる交通量の増加やゴミの問題、環境への影響など、地域にとっての懸念材料もあり、旅行・観光事業と地域社会との関係づくりは必ずしも容易なものではない。こうした課題に対して、サミットでは、現地コミュニティへの伝統や文化を尊重し、歴史的・文化的な持続性に配慮する観光のあり方が提唱された。地域に立脚した観光を活性化することにより、そのままでは時代の流れの中で失われてしまうかもしれない地域の歴史や文化を、観光客や観光に携わる人々とともに守りつつ、観光に伴う社会問題も解決していこうという考え方である。

観光とのもう一つの接点は、コミュニティそのものが観光資源・観光魅力であることだ。ミレニアル世代は、旅行先のコミュニティに入り込み、そこでしかできない体験をすることに価値を見出す。彼らは本物の現地体験を通じ、現地の人々と友人になって帰っていく。それだけではない、旅行から帰ってからも、現地コミュニティとつながるような取り組みを始めるのだ。旅行後にまた現地とつながることで、真の旅行の意味が生まれる。自分が訪れたコミュニティのために何ができるか、何をすべきか考え始めると、もうその地域は世界の数多くあるデスティネーションの一つではなく、自分にとって特別の意味と個人的なつながりをもつ場所となる。また、コミュニティの人々も、観光客とのつながりを通じて物心両面で豊かになることができる。そのようなコミュニティになるために必要なのは、その土地ならではの歴史や文化に裏打ちされた「本物の体験」を、地域の人々とともに楽しむ機会が提供されることだ。

これからの旅行・観光ビジネス

こうして会議での議論を振り返ると、2012年に日本で開催されたWTTCグローバルサミットにおいて、WTTCのフレンツェル会長が語った言葉が脳裏によみがえる。「デジタル化が進んだ世界であるがゆえに、これからは本物の体験が人々のステータスになる。」彼が2年半前に予言したことが、まさに現実のものになってきていることを感じる。
では、このような状況の中で、旅行・観光産業は世界的な観光の発展のために、どのような機会があるのか、何ができるのだろうか?とりわけ旅行業の役割はどうなるのだろうか?

なんとなく見えてきているのは、旅行・観光サービスを消費者に仲介するだけの代理業ビジネスモデルは、アップルやグーグル、グリーなどの提供するICTソリューションとクレジットカード会社などの個人金融サービス企業によって、地理情報やコンテンツ、決済サービス等も付加されたより高度なサービスとなって代わられるであろうことだ。さらにウェアラブル端末と生体認証が組み合わされば、パスポートもチケットも持たずに世界中飛び回れるようになるだろう。ミレニアル世代のデジタルトラベラーにとっては、当然のことかもしれない。

むしろこれからの旅行業に期待されるのは、地域に入り込んで「本物の体験」をプロデュースすることで地域やコミュニティと旅行者をつなぎつつ、観光を通じた地域の成長を支えていくという役割でないだろうか?これまで、旅行業は旅行者のみを「お客様」と見てきたが、これからの旅行業は、本物の体験を提供するコミュニティやそこに生活する人々をも「お客様」と位置づけ、両者を満足させるサービスの仕組みを提供することが価値になってくるだろう。実際、フレンツェル氏が会長を務める世界的な旅行会社TUIは、その土地ならではのユニークな体験ができる旅行商品を各地で次々に開発してきているときく。JTBのグローバルDMC戦略も、従来の発地に視点を置いたビジネスモデルから、着地に視点を置き換えるという大転換である。

10年後、20年後、世界中でデジタル化、モバイル化がさらに進んだ世界になり、ミレニアル世代が40代、50代になれば、あらゆる世代がデジタルトラベラーになっていることは疑う余地がない。世界の旅行市場の中心も、欧米からアジア・太平洋にシフトしているだろう。そうした大きな変化の中で、ブランドとしてデジタルトラベラーたちに選ばれ、生き残っていける旅行・観光ビジネスは、地域・コミュニティとしっかり結びつき、そこでしかできない体験を世界各国からの観光客が楽しめるようにプロデュースすると同時に、地域の社会・経済成長に貢献する会社なのだろう。