新型機材が拓くLCCの新規国際路線とは

日本でもすっかり定着したLCC。既にご利用になられた方も多いのではないでしょうか。 LCCの主力機は短距離用小型機であるエアバスA320シリーズやボーイング737シリーズです。航空機メーカーは航空各社の要望に応えるべく低燃費かつ航続距離の長い機種の開発に取り組んできました。本文ではLCC機材として最大のシェアを誇るエアバスA320シリーズの新型機材‘A320neo’に焦点を当て、もはや「短距離」機材とは言えない新型機材が切り拓くLCCの新規国際路線の可能性について紹介します。

野村 尚司

野村 尚司

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2017年のゴールデンウィーク期間中、インドネシアの航空大手ガルーダ航空のLCC部門‘Citylink’が福岡―デンパサール(インドネシア・バリ島)間にチャーター便を運航しました。
 この区間はA320やボーイング737などの小型機材では航続距離が足りないため、本来ならば航続距離の長い大型機による運航が行われるのですが、今回のチャーター便はエアバス社が開発したA320シリーズの新型機材‘A320neo’が導入されたのです。この新型機材は従来型と比較して航続距離を大幅に伸ばすことができ、福岡―デンパサール間のような長距離運航が可能となったのです。
 世界の2大航空機メーカーといえば、米国・ボーイング社と欧州・エアバス社です。両社とも席数180程度の小型機材、ボーイング737とエアバスA320を世に送り出し成功をおさめています。日本の航空会社では両タイプ合計で256機が活躍しており、LCCのみならずフルサービス型航空会社であるANAやJALでも採用されています。特にA320シリーズは日本発着国際線LCC機材で全体の56%、国内線LCCでは実に91%のシェアを占めるに至っています。では今後のLCCの路線展開に、航続距離が大きく延長されるA320neoの導入は、どのような影響を与えるのでしょうか。

燃費改善が航続距離の増加につながったエアバスA320neo

A320シリーズの既存型はA320ceo(current engine option)と呼ばれています。エアバス社は新エンジンへの換装を柱に燃費や航続性能を向上させた新型機A320neo(new engine option)の開発の発表し、世界中で5000機以上の受注に成功。既に航空各社への納入が開始されています。
 燃費の向上は運航コストの低減のみならず、同量の燃料で遠くまで飛行できることを意味します。従来型のceo機材でのメーカー発表の航続距離は5950km(A321型)ですが、メーカーが示しているこの数値は一定条件での最長距離であり、実際の運航では航空路、旅客・貨物搭載重量、気象や予備燃料搭載などの諸条件が加わることで、実際に運航可能となる区間距離は短くなることがほとんどです。これまでceo機材によるLCCの定期便の最長区間は福岡・バンコク間の3724kmで、これが事実上の最長区間と考えるのが現実的でしょう 。
 neoの航続距離はceoと比較して約900km増加しています。ceoの最長区間距離(3724km)とneoの航続距離増加分(900km)の合計、つまり4624kmまでの区間の路線開設が可能になったといえます。冒頭で紹介したとおり、これまで長距離路線は大型機での運航に依存してきましたが、新型機材の航続距離増加によりA320シリーズのような小型機による長距離直行便の路線開設の可能性が出てきました。また大型機と比較して座席数が少ないことから、市場規模の小さな路線でも採算が取れる可能性も高まります。またこれまでceoを運用してきた航空会社では、neoの導入により既存の路線ネットワーク、空港施設、乗務員をそのまま維持・活用しながら新規路線の開拓に乗り出せることとなります。つまり新規の投資や他の経営資源確保を抑制しながらビジネスチャンスの拡大が期待できるというわけです。

A320neoによる新規直行路線の想定

ではA320neo型機の登場により今後どのような都市が新たにLCC直行便の対象となるのでしょうか。筆者はまず成田空港を起点とした直行可能都市想定を行いました。

成田空港を起点とした新規直行可能区間想定(エアバスA320neo)

その結果、バングラデシュ、ロシア中部や東南アジアがその範囲に入り、特にベトナム、ラオス、カンボジアといったインドシナ半島やタイへの運航可能性が出たことには注目が必要です。
 特に有望と思われるのは市場規模の大きな日本・タイ路線、ならびに日本・ベトナム路線です。
 タイが大変人気のある観光地であることは異論の余地がないと思います。2010年の訪タイ日本人観光客は既に100万人の大台に乗り、2016年には144万人へと増加を示しました。また、東南アジア地域での経済発展を背景にタイでは海外旅行がブームとなり、特に日本への旅行は人気を博しています。2010年時点での訪日タイ人観光客は21万人だったものが、16年には90万人へと3倍以上の増加を示しました。その背景には2013年7月の日本政府によるタイ国パスポート所持者に対する訪日観光ビザ廃止などの効果もあり、今後の更なる増加が見込まれています。
 2017年夏期スケジュールでは日本・タイ間の年間航空座席数は約270万席で、2010年と比較すると約2倍の増加を見せました。そのうち76%がJAL、ANA、タイ航空などの既存航空であり、残りのうち22%がエアアジアXなどの大型機材を運航する長距離型LCC、そして小型機材を使用しているLCCのシェアは2%に留まっています。
 タイでは国内・短距離国際線を中心にLCCの利用が定着しています。タイの有力紙バンコクポストによれば、本年上半期のタイ主要6空港利用の乗客のうち、その約半数がLCC利用者となっています 。日系LCC、ピーチ・アビエーションは、LCCが定着したタイ市場の訪日旅行市場をターゲットに積極的なプロモーション活動を展開しています。現在同社はceoによる那覇・バンコク路線のみを運航していますが、今後のneo機材受領により、日本の他都市とバンコクを結ぶ新規路線開設も可能となります。
 タイと同様にベトナムでも経済の発展により海外旅行がブームとなり、また観光ビザ発給条件の大幅緩和などの日本政府の施策も相俟って、訪日ベトナム人観光客が大幅に増加しました。日系LCC、バニラエアは現在、成田・台北経由・ホーチミン(ベトナム)路線を運航しています。今後同社へのneo機材納入が開始されれば、日本・ホーチミン間の直行便化も視野に入ってきます。

さらに福岡発着の路線を見てみましょう。これまで大型機材に依存していたクアラルンプール(マレーシア)やシンガポールへの運航が可能になります。またカトマンズ(ネパール)やプーケット(タイ)といった観光客に人気の高い目的地への直行便開設も可能となってきます。

福岡空港を起点とした新規直行可能区間想定(エアバスA320neo)

LCC各社は積極的に新型機材を発注

ANAグループの中期経営計画によると、今後LCC事業の大規模な増強計画が示されています。先日、同グループのLCC、ピーチ・アビエーションは国土交通省に対し新規機材導入のための登録予約を申請しました。その内容とは、今後4年間にA320neoシリーズを含む30機のA320を受領し運航開始予定となっています 。
エアアジアグループは4年前に日本国内線LCC事業から撤退したものの、このほど「新生」エアアジア・ジャパンとして日本国内線への再参入を果たしました。同グループ全体では約400機ものneo機材発注を実施しており、今後日本発着の路線強化も期待されるところです。その他、日本最大のLCC、ジェットスター・ジャパンを運営する豪州・カンタスグループや、シンガポール航空グループのLCC、Scootもneo機材の大量発注に踏み切っています。

A320neoシリーズ発注状況

おわりに

 近年、訪日外国人観光客観光客数は大きな増加を示し、2016年には約2400万人を数えるまで成長しました。特に経済的発展が著しいASEAN諸国からの観光客増加の輸送手段の切り札としてLCCは期待されているところです。
 A320ceoを運航するLCC幹部は業界紙のインタビューで、同機材のサイズや航続距離に関して「A320の180席はちょうどよいサイズである」とし、「(航続距離が長い)A320neoはいろいろな可能性が出てきて、(A320ceoと比べて)あと1時間半飛べれば、バンコクやデンパサールなどへも運航できる」と期待を示しています 。また、座席数よりも航続距離が今後LCCビジネスを変える可能性も示唆しています。
 いずれにせよ、こうした小型機材の航続距離が伸びることでLCCの新路線開設の可能性が広がっています。それは競合する既存航空やLCCにとって脅威となるのと同時に、消費者にとって安価な旅行実現に向けた選択の幅が広がることも意味しています。

*1 大圏距離で計算。チャーター便路線は除外。
 *2 出典:LCC’s bite into legacy carriers’ air traffic, Bangkok Post, 21 August 2017
 *3 Peach AviationとANAグループ発注分にまたがる。
 *4 出典:Aviation Wire、2015年12月12日、ジェットスター・ジャパン片岡優氏。