クロス・ツーリズム ロゴ 【特別寄稿】“Tourism x LCC” 航空の未来をたぐり寄せる「LCC 2.0」とは何か

安いけど狭いといわれるLCCですが、利用者の感想ではさほど座席の窮屈感はないといった意見もあり、コスパ重視の価値観にもマッチし広く定着を見せました。これはさしずめ「LCC 1.0」の段階。昨今、航空会社はCO2排出量削減など持続可能な航空の在り方を示すことも求められるようになっています。そこで本稿では「LCC 2.0」をキーワードに、社会貢献に寄与する次世代の航空の在り方を提唱していきます。

野村 尚司

野村 尚司 客員研究員

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目次

1.メリハリ消費の高まりがけん引したLCCの人気

2012年より日本国内では格安航空会社(以下、LCC)の運航が開始され、その年の流行語にも選ばれるほど注目を集めました。大手LCCのジェットスター・ジャパンでは『賢く、ちゃっかり』をキーワードに、低運賃の提供と浮いたお金を他の用途に使えるような旅行での、メリハリ消費の利点を提示してきました。JTB総研の調査(※1)でも、LCC利用の理由として「安さ」がトップとなっています。当初は、安いけど座席が狭い、空港が遠くて不便、既存のフルサービス型航空(以下、FSC)にはない利用ルールがあるなど否定的なイメージがあったことも事実です。こうした評価にもかかわらずLCCに対する顧客の理解などにより定着が進みました。
 2021年現在、1キロメートル当たりの運賃収入単価はFSCの15.1円と比較すると、LCCは5.9円と約4割の水準で推移しています。またその輸送シェアは日本国内の航空旅客輸送全体の16%までに拡大しています(※2)
 しかしその強み・魅力とは「安いだけ」なのでしょうか。

2.市場の変化を経営計画の中心に据えた航空各社のESG戦略

アフターコロナ環境では働き方に対する考え方にも変化が見られるようになりました。リモートワークで遠隔地在住のハードルが下がり、大都市と地方などを行き来するライフスタイルも意識されるようになりました。また地方経済活性化の観点からFSCを中心とした航空会社を軸に2地点居住の推進に向けて自治体と連携する事例も多く登場しています。しかし低運賃を武器に普段使いの生活インフラとして定着させやすいLCCこそ、その受け皿としてふさわしいのではないでしょうか。
 航空業界ではWeb会議の浸透などでワークスタイルの変容によりビジネス需要は減少し、先に需要が戻るのはレジャー・VFR(友人や親族の訪問を目的とした旅行)市場であり、ビジネス需要は長期低迷すると見ています。例えばANAでは、コロナ禍前に発表した2018~22年の中期経営戦略によると、FSC国内線で2017年実績を100とすると、2022年では97と減少させる計画を示す一方、LCC事業については旅客需要が着実に増加し、同期比で2022年に倍増させる計画を発表し、その計画はコロナ禍環境下においても継続されています。
 今後も続きそうな運賃下落とそれに対するコスト削減へのプレッシャー。さらには、観光収入増による地域経済活性化、CO2排出量削減による環境への配慮、また社会に広がる多様なライフスタイルにも適応する必要があります。こうした多様なステークホルダーの要請に応えつつ、企業経営の課題解決に向け、LCC事業拡大はその重要性を増してきています。そこで重要なポイントは、単なるコストパフォーマンスの良さを超えた「環境にやさしい交通手段」であり、また企業にとっては「ESG経営のど真ん中」と成り得るLCCのイメージ刷新なのです。

3.「アキレス腱」と成り得るFSCのCO2排出量の多さ

昨今、持続可能な社会実現に向けた取り組みが高まりを見せています。航空もその例外ではありません。LCC座席の高密度配置はその狭さと引き換えに座席当たりの低燃費を実現させました。またそれはCO2排出量削減も意味しているのです。
 そこで筆者は燃費の比較を行ってみました。
 同一機材でも航空会社によって路線特性、座席数、クラス設定の違いにより機体重量や燃料消費量に違いがあります。また航空機メーカー発表する数値は前提条件が異なることも多く、航空会社の数値と違いがみられることも多くあります。そこでまずメーカーが発表する燃料タンク容量と航続距離をベースに一機が1キロメートルを飛行するための燃料消費量を算出し、次に各航空会社が運用する実座席数で割ることによって、1席当たりの燃料消費量を求め比較を行いました。以下はエアバスA320シリーズ機材が1000キロを飛行するために必要な1席当たりの燃料量です。

(1)FSCとLCCの比較(A320ceo(既存型)モノクラス)
 ここではA320ceo(従来型)の比較を行います。
 FSCは快適性を追求する観点から余裕のある座席配置を行っています。FSCのANAでは同型機で166席を配置していました(※3)。この場合、26.4リットルが必要でした。またFSCのスターフライヤーではさらに余裕を持たせ150席配置の機材を運航しています。こちらは29.2リットルが必要となります。他方、LCCのジェットスター・ジャパンやピーチアビエーションは180席を配置することで、24.4リットルとなっています。スターフライヤーとの比較ではこうしたLCCが17%も少ない燃料消費となっているのです。

(2)LCCが運航するA320シリーズ既存型(ceo)と最新型(LR)の比較
 同機材シリーズの既存型(ceo)と最新型(LR)についてLCCでの違いについて検討してみます。
 前述の通り、既存型(ceo)機材ではピーチアビエーション・ジェットスタージャパンの両社共24.4リットルでした。現在両社では最新型機材であるA321LRが運航を開始しています。しかし両社では座席数に大きな開きがあります。218席を配置するピーチアビエーションでは20.4リットルと既存型より4リットル少ない消費量となりました。ところがジェットスター・ジャパンは238席を配置し、さらに少ない18.4リットルを示しています。両社の座席数が異なる理由としては、①ジェットスターは国内線・近距離国際線での運用に特化した仕様であること、②他方ピーチは長い航続距離を活かした中距離国際線も運航させる必要があり、定められた総重量の範囲内で長距離飛行のための燃料搭載量を確保する必要から、有償搭載量(ここでは座席数)を低めに設定せざるを得なかった。また、③ピーチでは座席数を少なくすることでシートピッチが広がり、特に長距離便での快適性向上につながる利点もあった、などが挙げられます。
 現在ジェットスター・ジャパンのA321LRは座席あたりのCO2排出量が最も低く、FSCのスターフライヤーと比較すると36%も低い数値となっています。

ここで各社が目指すESG経営の中核をなす、2050年までのカーボン・ニュートラルに向けた取り組みに触れておきたいと思います。
 JALでは3本の柱を発表しています。それは、「1.省燃費機材への更新(CO2削減寄与度:50%)」「2.運航の工夫(CO2削減寄与度:5%)」「3.SAF(化石燃料の代替となる持続可能な航空燃料)の活用(CO2削減寄与度:45%)」です(※4)。最大の寄与度を示している「1.」については、「当面は省燃費機材への更新」としか触れてられておらず、FSC・LCC別の数値といったより意味のあるデータを示していないことに注意が必要です。前述の通りCO2排出量の少ないLCC輸送シェアは拡大しています。またLCC事業の増強を計画しているものの、その収入・利益額等に関する個別の情報は開示されていません。LCCの倍以上の収入単価があるFSCは依然として重要な収入源です。同社の経営ではFSC売上シェアは依然として大きく、LCC事業の拡大がFSC事業の縮小分を補う構図を示すことは当面困難であると考えます。
 航空各社はこうしたFSCの弱点に関して慎重に言明を避けています。つまりFSCのCO2排出量の多さはいわば「アキレス腱」とも言えるのではないでしょうか。

4.「LCC 2.0」の時代へ

航空会社の持続的な発展には、将来を見据え利用者や社会に対する新たな価値の提示が必要です。現状のコストパフォーマンス・メリハリ消費重視の姿が「LCC 1.0」ならば、それを超えるLCCのあり方として「LCC 2.0」を筆者は提唱したいのです。
 それはLCCが単なるコストパフォーマンスの良さを超え、環境に配慮した「賢い選択」であることです。2050年のCO2などの温室効果ガスの排出量と人間がそれを除去する量がプラスマイナスゼロになる状態を目指すネットゼロを達成する上で未来を先取りしており、それは「メリハリ消費」から先の「エシカル消費」への進化への道なのです。
 前述の通り、こうした取り組みには航空企業経営上の副作用に成り得ます。しかし中期経営計画のESG経営の柱となる2050年までのカーボン・ニュートラルに向け、その未来を早く引き寄せるためには、LCCが有する強みを前面に出し、推進する必要があるのです。
 社会に変化を起こすための考え方として、経済学者である成田悠輔氏はある講演で次のように語っています。「(時代を)乗り越える人たちがいるとすると、『過去の成功を積み上げるような人たち』ではない。そのためには『むしろ社会の害になっているのではないか』という認識を持つことが必要である」、と。
 航空会社がより高次の社会的信用を勝ち得るためには、FSC・LCC別のCO2排出量にかかわる情報開示を行う努力が必要です。
 さらに言えば、過去の経験の延長線上には無い新たな航空の在り方を模索する必要もあるでしょう。ある意味FSCのビジネスモデルの解体を経た、再構築によってしか実現できないことかもしれません。それは経験則を超え、時にはあえて困難を引き受けるシンドイ作業であるはずです。「LCC2.0」とはそうした返り血を浴びるような労苦と引き換えに現実化していくのでしょう。
 この『創造的破壊』の先に次世代の航空の在り方が示され、筆者にはそのメインプレーヤーがLCCであるように思えてならないのです。

脚注:
(※1)JTB総合研究所「LCC利用者の意識と行動調査2017」2017.8.4
(※2)国土交通省「航空サービスに係る情報公開(特定航空事業者)」データを基に筆者試算
(※3)現在この国内線仕様機は退役していますが、便宜上比較対象として適用
(※4)JAL「2021-2025年度 JALグループ中期経営計画」