加速する観光AXとDMOの変容:共通データ空間が導く次世代の観光地経営の意思決定

社会全体が人口減少、人材不足に悩まされる中、観光地経営においてもAIやデジタル技術を利活用するために求められる専門性を持つ人材を確保することは容易ではない。DMOがAI活用を推進するためには、組織の能力(組織ケイパビリティ)を高める必要がある。 本稿では、データの分断と専門性の欠如を解決するためのアイデアとともに、新しい観光を実現するための観光DXの次の姿を示したい。

小林 裕和

小林 裕和 客員研究員

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目次

はじめに

観光分野におけるAIの活用が加速する中、この3月、その流れを力強く後押しする政策が相次いで発表された。国土交通省は2026年度からの5か年計画となる第6期国土交通省技術基本計画を策定した。技術革新を生み出す「イノベーション・エコシステム」の確立を目標とし、技術開発や人材育成の施策を掲げ、生成 AI 等の最新技術の活用促進や優良事例創出による成果の横展開等を行うことなどが盛り込まれた。さらに、観光立国推進基本法に基づき、新しく第5次観光立国推進基本計画が閣議決定された。計画期間は同じく2026年度からの5年間で、その基本方針の3本柱の一つである「観光地・観光産業の強靭化」においては、旅行需要を捉え、収益性・生産性の向上のために観光 DXを推進することが明確に示された。今後、観光客や観光事業者だけでなく、地域住民のウェルビーイングにも配慮したバランスの取れた持続可能な発展が求められる中で、多様な関係者が係る観光地経営には、政策目的を明確にしたうえで、データやエビデンスを根拠とした政策推進が一層求められるようになる。
 その推進役の中心は人である。AIの技術が進化し、エージェンティックAIの実装が進んだとしても、人がデータを解釈し地域の合意形成を図るプロセスはとても人間臭く、米社会学者アリソン・ピューのいう「最後の人間の仕事(The Last Human Job)」としての「コレクティブ・レイバー」、つまり人間同士の感情的な繋がりを伴う労働として重要性が高まるだろう。ただし、人間臭い作業だからデータを扱う専門性は不要、ということではない。地域ごと、事業者ごとに分断されているデータをつなげ、生成AIを活用するために、人に紐づく専門性の重要度は高まる。
 しかし観光地経営においてAIやデジタル技術を利活用するために求められる専門性を持つ人材を、300件以上ある登録DMOに確保することは、社会全体が人口減少、人材不足に悩まされる中で容易なことではない。したがって、DMOがAI活用を推進するための組織の能力(組織ケイパビリティ)を高める必要がある。本稿では、データの分断と専門性の欠如を解決するためのアイデアとともに、新しい観光を実現するための観光DXの次の姿を示したい。

AI活用の進展

全国各地に生成AIを活用した観光DXの事例が広がっている。観光庁は2022年度から観光DXを推進するための実証事業や補助事業を積極的に展開、2025年度、2026年度には生成AI活用に特化した調査・実証事業を行った。2026年3月に開催された成果報告会に筆者も参加したが、現場の課題解決に沿ったAI活用の細かい工夫などが発表され、関係者の高い関心と熱気を帯びた雰囲気がとても印象的であった。
 2025年度に行った観光DX実証事業では、25件のケースが進められ、そのうち生成AIを活用したケースは14件であった。その目的は、インバウンド客の体験価値向上から、観光地経営の高度化まで幅広く、生成AIが観光におけるさまざまな場面において適用できる可能性を示した。
 たとえば、箱根温泉におけるコンソーシアムではインバウンド客増加に伴い、夕食難民やコンビニなどで済ませてしまうという課題を解決するために、AIを活用して飲食店のレコメンド機能を実装した。インバウンド客は好みに合わせた宿に近い飲食店を知ることができ、直接予約を行える。また、飲食店はAI音声機能を活用し、電話による予約の受付や返答が可能なように工夫した。それによってウェブサイトで予約ができない飲食店も参加でき、また通常と変わらないオペレーションが実現できることにより使いやすい仕組みとなった。さらに宿にとっては、夕食場所を案内する業務を削減することにもつながった。AI実装のための示唆として、現場のワークフローと課題を細かく観察し、手順ごとにAIが解決できることを明確にすることによって、ユーザーの心理的なハードルも下げ、運用上のフィードバックをさらなる改善につなげ、業務全体を効率化していく手順が示された。

AI導入ロードマップ:欧州NTOの先進事例から導く組織強化の条件

一方で、DMOが観光DXを目指すために組織内における専門知識の欠如が大きな障壁となっている。「令和5年 登録DMO現状調査」では、登録DMOが課題として認識されている項目として、「人材の確保・育成」(82%)、「予算・財源」(同80%)に続いて、「マーケティング・DX」が58%であることが示された。外国も似たような状況である。欧州諸国の国家観光局(NTO)で構成される非営利組織であるETC(欧州観光委員会)が2025年に発表したレポート「観光におけるAI~NTOのリサーチ&マーケティング業務の評価と支援」においても、AI専門知識の欠如が最大の障壁と指摘している。

専門性を持つ人材育成のため、これまでさまざまな人材育成プログラムが行われてきたが、組織として観光DXを推進するためには、人材確保の視点だけではなく、DMOの組織ケイパビリティを開発し強化するための包括的な政策を設計することも必要である(蛯澤、小林、山田、2026)。たとえば、先述した欧州29件のNTOを対象とした調査では、組織としてのAI活用の実態と推進するためのロードマップが示され非常に興味深い。AIはNTOの日常業務をすでに塗り替えつつあり、現在は組織内でいち早くAIを取り入れたスタッフ(アーリーアダプター)が生産性と品質の向上を報告し、AI導入に肯定的で急速な普及を促している状況である。一方で、組織内でも温度差がありマーケティング部門はAI活用に積極的であるが、調査研究部門は探索段階にあると指摘されている。ここでいうマーケティング部門の役割は、コンテンツ生成(コピーライティング)、キャンペーンの最適化、ブレインストーミングなど、即効性のある効率化であり、調査研究部門は、消費者センチメント分析(SNSや口コミサイトなどのテキストデータから、顧客の感情を分析する手法)、トレンド予測、デスクリサーチの自動化など、戦略決定の精度向上などを担っている。
スタッフのスキル開発は緊急性が高く、トレーニングへの重点的な投資に加え、調査部門にとってはAI導入へのロードマップの策定、マーケティング部門においては予算支援が重要であり、責任あるAI導入を加速させることが、世界の観光市場における優位性を生み出すと指摘している。

さらにNTOがAIを定着させるための実践として次の4つの示唆を提示している。第一に、非公式なハッカソン、社内イノベーション・スプリント(新しいアイディアの具体化と検証)、あるいは単純なワークショップなどを通じて、実験のための体系的な時間を確保することで、既存のスタッフの熱意を活用しつつ、組織特有の知見を生み出すこと。第二に、単にスタッフの意識を高めるだけでなく、その役割に特化した研修プログラムを優先する。その際に、組織内にいるであろう、アーリーアダプターを教師役として採用することも効果的。第三に、組織部門ごとにロードマップを策定し、試行錯誤する段階と、長期的な目標を整合させる。たとえば、マーケティングチームには試行的なプロジェクトの成果を組織成果の関連指標に結びつけるようなフレームワークが有益である。そして最後に、具体的な成果に結びつけて、AI専用の予算を段階的に増額する。それによって、成功したパイロットプロジェクトを、継続的に運用する段階へと移行させることが可能になる。つまり、NTOはAI導入に向けた好条件を備えており、体系的な組織ケイパビリティの開発と戦略的なリーダーシップが、AI活用の試行錯誤の段階から活用段階へと進むための強い推進力となる、と指摘している。
 この調査が対象としたNTOという国レベルのDMOと比べれば、日本の地域DMOの組織、予算はずっと小規模であろう。したがって組織として専門性を有するためのハードルはさらに高いと想定される。そこで、次にこれまでのAI実装のための示唆を参考にしつつ、日本のDMOの専門性を高めるため具体的な策を考えてみたい。

表:AI導入にあたっての実践的示唆

出典:欧州旅行委員会(ETC)Artificial Intelligence (AI) in Tourism、2025年

提言:AI・DMO・共通データ空間で進める観光地経営の高度化

第5次観光立国推進基本計画における施策の柱の一つ、「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保」を推進するため、より多くの利害関係者を巻き込んで合意形成を進め、試行錯誤を行いながら観光を進めるには、データを活用した政策推進はより一層重要となる。そのためにはDMOが組織単体で進めるだけでなく、広域で組織ケイパビリティを高め、共通でデータを利活用する仕組みが考えられる。具体的には、都道府県または広域での共通データ空間の構築と、それを共通に活用、運用する場・組織としての広域データ活用プラットフォーム(仮称)の設置である。それは地域レベルのDMOにAI活用を促すために、以下のような役割を果たす。

  • 共通データ空間を構築し、共有のDMPを地域DMOがニーズに応じた活用が可能なように設計する。
  • プラットフォームには高い専門性をもつ人材を配置し地域DMOのAI活用によるDX推進を支援する。
  • ユーザーとなる地域DMOをネットワーク化し、セミナーやワークショップの開催を通じてノウハウを共有し、常に最新の情報を提供する。
  • 今後強化が必要となるAI倫理や法的規制といったことへの対応を行う。
  • 個別課題に対応するために、産官学連携によるパイロットプログラムを推進する。

プラットフォームを運営する財源としては、今後導入が進む宿泊税を活用したい。さらに、地域の観光事業者との産学連携のプロジェクトや、トラベルテックの育成・支援など、観光エコスステムを形成し、観光地全体の競争力、リジリエンスを高めるような取り組みを推進する。
 さらに、観光エコシステムを形成するためには、その担い手となるプレイヤーを育てる必要がある。商品サービスを通じて観光の経験価値を直接提供するのは、事業者であり、DMOではない。したがって、観光の強靭化には、大規模、中小規模の事業者が協業しながらひとつのデスティネーションの価値を創出する視点が欠かせない。とくにAIを活用してイノベーティブなビジネスモデルを生み出す、トラベルテック分野の育成は重点的にすすめたい。

たとえばパリでは、観光分野に特化した世界初のインキュベーターを組み込んだイノベーションプラットフォーム、Welcome City Labが活動している。パリ市の経済開発・イノベーション機関である「Paris & Co」によって運営され、パリを観光イノベーションの世界的首都にすることを目指し、未来の観光業界のリーダーの発掘や、伝統的な企業とスタートアップの相乗効果の創出を目的としている。コワーキングスペース、実験プラットフォーム、および業界動向を監視するなどのサービスをスタートアップに提供している。日本では、たとえば東京都には、国内外のタートアップや支援者が集う交流拠点として「Tokyo Innovation Base」があるが、そこにトラベルテック部門を持つようなイメージが考えられる。持続可能な都市課題の解決を目指すコンセプトおよびイベントであるSusHi Tech Tokyoにツーリズム部門を設定したり、ツーリズムEXPOジャパンにテック部門やソーシャル・アントレプレナー部門を作ったりすることもいいかもしれない。それらを通じて、政府・自治体・研究機関・企業など多様な組織が連携・協業する場が生まれ、技術開発や人材育成の施策を改善・発展させるしくみとなるツーリズム・イノベーション・エコシステムの形成を目指したい。

さいごに:観光AXとエコシステムの未来

AIの活用は、観光地経営を、地域の真の持続可能な発展に資する観光地経営への変革を進めるために、大変重要な機会となる。いわば、観光分野におけるAIトランスフォーメーション、観光AXとも言える。本稿ではその推進役として、共通データ空間や広域データ活用プラットフォームなどを提言した。
 その実現に向けては、産学連携もすすめたい。観光学術分野で、デジタル分野に特化した研究テーマを〈スマートツーリズム〉と呼んでいるが、その専門分野をカバーする国際学会であるスマートツーリズム国際会議(WCST)が、今年12月にベトナム・ダナンで開催される(https://wcst.world/2026/)。筆者はそのコミッティーメンバーとしてスマートツーリズム研究・社会実装の普及活動を行っているが、この国際会議はアカデミックな世界に閉じたものだけでなく、実務家の発表も奨励し、学術と実務の活発な交流により創発の機会創出を目指している。実務家は、論文提出が必要なくプレゼンテーション発表で参加できるため、日本からも多くのDMOや事業者に参加いただきたいと考えている。また日本語で発表できるセッションもあり国際学会でありながら言語のハードルを低くする工夫をしている。昨年はマカオで開催されたが、箱根や熱海の事例が発表され、研究者と実務家が非常に活発な議論が行われた。このような場で課題が共有され、今後、DMO間の連携ネットワークが新たに生まれてくることも期待したい。
 
参考文献
蛯澤俊典・小林裕和・山田雄一(2026)「DMO の人材とマーケティングに関わる成果の関係性に関する研究― DMO の組織ケイパビリティの視点より―」、日本国際観光学会論文集(第33号)、pp.127-133