BCPとしての観光危機管理(第4回)

前回、SARSによる観光の落ち込みから回復を果たした香港や、東日本大震災の際に現場スタッフの的確な対応によりお客様の安全を確保したJR東日本、東京ディズニーリゾート等の事例を紹介した。今回は、災害後の観光の復興のために何をすべきかについて考えてみたい。

髙松 正人

髙松 正人 客員研究員
観光レジリエンス研究所 代表

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目次

観光危機管理を考えるうえで、危機発生時の観光客の避難誘導・救護対応とともに重要なのは、危機発生時から危機後の回復を念頭に置きながら、さまざまな対応を行っていくことである。観光危機管理は、地域や観光事業者のBCPであるとは、まさにこのことをさしている。 危機後の回復を意識するかしないかで、コミュニケーション・情報発信のやり方も、地域や観光事業者の復興支援も、休業を余儀なくされた観光関連人財への対応方法も変わってくる。

1. マーケティング・コミュニケーション

危機後、観光のいち早い回復のためにまず必要なことは、被災したデスティネーションや事業者の正確かつ詳細な情報を、市場に向けて十分に発信することである。

(1)危機発生直後の情報発信

危機が発生した場合、可能な限り早い時期に情報の収集と発信の体制を作ることが、市場や社会の信用を獲得し、サポートを得るために必要である。まず行うべきことは、情報の収集・発信の担当責任者を指名し、その危機に関する客観的な事実、危機に対する対応、死傷者や不明者などに関する情報を一元的に集約することである。

その発信方法としては、記者会見・記者発表、取材対応などマスコミを通じた方法と、ウェブサイトやSNS(twitter, Facebook)、メルマガなどインターネットを利用する方法がある。危機は予期せぬ時に発生するので、初期の段階で新たなウェブサイトを立ち上げる余裕はないだろう。そのため数々のグローバル企業では、予め危機対応用のページを準備し、危機発生時に、既存のウェブサイトのトップページをすぐに入れ替えられるようにしている。

危機発生時の情報収集・発信の鉄則は、事実情報と憶測など事実以外の情報とを区別しておき、発信にあたっては事実情報のみを正確に伝えることである。

(2)風評のコントロール

危機には、しばしば風評が伴う。危機に関する情報発信が不十分だったり、発信のタイミングが遅れたりすると、それがさまざまな憶測を呼び、風評が発生しやすくなる。風評は、市場の過剰反応を招き、危機の被害や影響範囲を拡大するとともに、観光の回復を遅らせる原因となる。

東日本大震災の後も、3月下旬の東京都内で花粉対策のマスクをしている人たちがたくさんいる映像を見たフランスのニュースキャスターが、「東京でも人々は放射能による内部被曝を防ぐため、多くの人がマスクをしています」とコメントし、それが「日本は放射能汚染で危険」という風評につながった。

風評をコントロールするためには、正確な情報をタイムリーに発信することが肝要だが、それでも風評を完全に防止することは困難である。風評が発生したら、それを反証するような客観的な情報を提供し、風評は誤解にもとづくものであることをいち早く市場に理解してもらうよう努めることが必要である。

バリの爆弾テロ事件、プーケットの津波、香港のSARS禍などが一定収束した後、それぞれの地域は、世界のプレス関係者を招待して現地の状況を自分の目で見て確認してもらい、自国のメディアを通じて災害からの回復の様子を伝えることにより、風評に対応した。

(3)顧客との危機コミュニケーション

危機発生後の顧客とのコミュニケーションは、危機からの回復後の事業の回復に大きな影響を与える。

東日本大震災では、多くの観光関連事業者が営業面での大きなダメージを受けた。震災で被災した地域はもとより、その後の計画停電や風評などの影響を受けた地域でも、お客様が著しく減少し、地震の被害はないにもかかわらず、やむなく休業する事業者も少なくなかった。

そうした中で、同じ地域や同じ業種の他事業者とくらべて、回復の目覚ましい事業者がいくつかあった。それらの事業者に共通するのは、震災後も顧客とのコミュニケーションを欠かさず、顧客の声に耳を傾け、自社の状況をきちんと顧客に伝え、顧客の信頼や支持を保ったことである。

宮城県のある温泉旅館は、震災後ライフラインや食材の調達に支障が出たため、1か月余り休業したが、その間、従業員たちは顧客に手書きのはがきで旅館の現状を伝え、営業再開したらぜひ泊まりに来てくださるようメッセージを送った。また、女将は旅館のウェブサイト上のブログで、営業再開に向けた準備状況を日々発信し続けた。4月下旬に営業を再開した日は平日であったにもかかわらず、1室を残してほぼ満館となった。

埼玉県のバス事業者は、震災で団体旅行がことごとくキャンセルになり、多くの貸切用バスと乗務員が遊んでしまう状態になった。一方、県内の工場は、震災後の操業時間変更や公共交通機関の間引き運転などにより、保有する送迎バスだけでは従業員の出退勤に対応しきれず困っているという話が耳に入った。そこで同社は、余剰となった貸切用のバスを利用して、これらの工場に従業員送迎サービスを提供した。その結果、同社は震災後も売り上げを大きく落とすことなく危機を乗り切ることができ、また企業顧客の同社に対する信頼を高めることができた。顧客の声に耳を傾け、ニーズを探りだし、それに精一杯応えることができる企業は、危機状況の中でもビジネスの成果を上げることができるのである。

(4)従業員・職員とのコミュニケーション

危機管理で実際に業務を行うのは従業員・職員である。危機発生時に事業者や行政機関の管理者がまず行うべきことは、従業員・職員とコミュニケーションを取り、安否と所在を確認することである。その上で、動けるスタッフがどこにいるか、何をしているかが把握できないと、組織としての危機対応体制が実際にどこまでできているかわからない。したがって、危機発生時に、各従業員・職員は誰に、どのような方法で連絡を取るかを危機管理マニュアルやBCP等で明確にしておくとともに、通常の通信方法が使えない場合の緊急通信手段についても検討・準備しておくことが必要である。

スタッフに対しては、組織として発信する情報を共有できる体制を作るとともに、現場での判断を基本としつつも、判断できないことが生じたときに、誰に、どのように連絡して指示を仰ぐのかを危機管理体制図の中で明らかにしておくとよい。

2. セールスプロモーション

危機状況からの回復が見通せる段階になったら、観光地域・観光事業者はできるだけ早く誘客のためのセールスプロモーションを開始すべきである。それが観光客を取り戻し、地域の観光を中心とする経済の復興を早めることにつながる。完全に復興していないのに、受け入れ態勢がまだ十分でないのに、誘客活動など時期尚早だという声もあろうが、完全に復興してからプロモーションを始めたのでは、実際に観光客が来るまで、さらに2か月も3か月も待たなければならなくなる。

安全と快適ささえ確保できていれば、すべてが完全には回復していない状態で観光客を受け入れることになっても、大きなクレームや観光客の不満足を招いてしまうことはほとんどないだろう。むしろ被災した地域の人々が、復興に向けてどのように努力しているかを実際に見ることも、観光の価値となりうるのだ。

危機を経験した観光地がセールスプロモーションを行う際のポイントは、業界団体や行政、国際機関等の支援をできる限り取り付け、活用することである。2004年のアジアでの地震と津波の後も、世界各地で開かれた旅行フェアで被害を受けた国々が無償で出展スペースの提供を受け、低コストでプロモーションを行うことができ、それが観光客の再誘致に大いに役立った。

3. コミュニティー支援

(1)中小事業者に対する資金的支援

観光に携わる事業者の多くは、資金力の限られた中小企業である。危機により施設の被害や集客上の影響を受けた中小事業者が、施設の修復を行い、従業員の雇用を維持して、より早い時期での事業再開に備えるためには、資金面での支援が不可欠である。東日本大震災後、東日本の宿泊施設で倒産が相次いだ。中には、創業250年の老舗旅館が、震災後の営業不振による資金不足から支払い不能に陥り、やむなく看板を下ろしたケースもある。
資金的支援には、国や自治体が実施する公的融資と民間の金融機関が実施するものとがあるが、いずれの場合も一般よりも低利または無利子で、長期にわたる返済を可能とすることが必要である。従業員の賃金や光熱水費の支払い等、当面の運転資金の支援が必要な事業者の場合、申請から融資の実行までの審査や手続等で時間がかかってしまっては、その間に手持ち資金が行き詰ってしまう。また、被災により融資の担保となりうる資産を失っている事業者もあることを考慮し、無担保でも借り入れができる仕組みとしておくなど、通常の中小企業向け融資とは異なる対応が求められる。

融資をする側がこの資金的支援を金融商品としてみると、貸し倒れリスクが高いのに収益率が低い、魅力のない商品ということになるだろうが、むしろ地域の観光関連企業の事業継続を支え、観光による地域社会・経済の復興を促進する投資として考えられないだろうか。

(2)技術面での支援

地域の観光復興を促進するためには、資金面に加えて技術面の支援が有効である。被災した中小事業者が事業を再開するにあたって、新たな設備やサービス、IT等を導入して、従来よりも魅力的で付加価値の高い観光サービスを提供しようとすることは意味があるが、それを実行しようとしても、実務の担い手であるスタッフが被災して動けないとか、新商品のマーケティングやITのスキルを持つ人材が地域にいないというケースも考えられる。
これらの分野の専門家を被災地域に派遣して、事業の再開・再建を技術面から支援することは、復興した地域の観光コンテンツの充実とサービスレベルの向上を図り、観光の競争力を高めることにつながる。

4. 持続可能な再開発

危機後の観光再開発は、観光地づくりにおける過去のしがらみや過ちを修正し、環境保全や地域社会のかかわりなどの点において一歩進んだデスティネーションとして市場に再登場する機会となる。

具体的には、地域全体の生活インフラを環境によりやさしい形で再整備すること、地域の自然や地域固有の文化を生かした観光プログラムを開発することなどである。とりわけ、地域全体での取り組みは、平常時であれば地域内の事業者・個人など個別の利害が複雑に相反し、ひとつのコンセプトにまとめ上げるのが困難なことが多いが、危機後の再開発という目的を地域全体で共有することにより、実現しやすくなる。また、地域内で被災した観光関連施設を再建・補修する際には、その施設を保有・運営する事業者に、これまで以上に環境に配慮することを働きかけることにより、地域全体としての持続可能性を高めることができる。

5. 将来に向けたリスク管理

前述のように、リスク管理とは、想定されるリスクが起こらないように、その防止策を検討・実行することである。

危機、すなわちリスクが実際に発生することを経験した地域や事業者は、想定し対処すべきリスクが何であるかを、経験を通して知ることとなる。被災経験という大きな代償を無駄にしないためにも、これを機に改めてリスク管理を徹底し、将来起こりうるリスクを未然に防ぎ、あるいはその被害を最小限にできるよう対策を検討し、防止策を実行すべきである。

経験した災害・事故と同様な危機を防止する第一歩は、今回の危機で起こった事象、それに対する人々の反応、組織的な防災・減災対策がどのように機能したかなどを、事実に沿って具体的に洗い出すことである。それをもとにすれば、より具体的かつ現実的なリスクの抑止策・軽減策、リスクが発生してしまった場合の減災策を検討することができる。対応策はあったのに、実際の危機の場面ではそれが機能しなかったようなケースについては、既存の対応策を再検証し、実行しやすい方法に見直しを行う必要がある。

次回は、これまで述べてきたことを踏まえて、地域や事業所の観光危機管理計画をどのように作っていったらよいかについて触れたいと思う。