BCPとしての観光危機管理(第5回)

これまで4回にわたり、観光危機管理の必要性・重要性、観光危機管理の成功事例などについて述べてきたが、その「仕上げ」として、地域や観光関連事業者が観光危機管理計画を策定するための基本的なプロセスを提案する。すでに防災計画や避難計画等がある場合は、それを見直し、改めて観光危機管理計画として整えることとなる。

髙松 正人

髙松 正人 客員研究員
観光レジリエンス研究所 代表

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目次

1. 現状把握

観光危機管理計画を新たに作成するにせよ、既存の防災計画や避難計画等を見直すにせよ、まずは観光危機管理の視点から現状がどのようになっているかを把握する必要がある。民間事業者や公的な観光施設は、それぞれの事業所・施設の現状を確認し、行政は地域全体としての計画を再確認するとともに、業界団体等と協力して地域の事業所・施設の状況を調査する。

その際に現状を確認すべき主な項目は以下の通りである。

  • 観光客・旅行者を視野に入れた防災・危機管理計画の有無
  • 想定されている危機・災害・事故の種類と規模
  • 危機管理計画のカバーする項目とその内容
  • 地域と事業者の防災・危機管理計画との連携、整合
  • 計画にもとづくマニュアル・ガイドブックの有無
  • 避難マップの有無
  • 計画の従業員への浸透度
  • 防災・避難訓練の実施状況
  • 避難具・非常用食糧の在庫状況の確認頻度

2. 課題分析

現状を確認・把握したら、その結果をもとに対応すべき課題の分析を行う。一般的に以下のような課題があることが想定される。

1.計画そのものの課題

  • 防災計画・危機管理計画が策定されていない。
  • 計画はあるが、長い間改訂されていないので、実情に合わない部分がある
  • 防災計画・危機管理計画の策定の前提となる災害や危機の種類が限定されている、災害や危機の想定規模が小さいなどのため、想定外の災害・危機や大規模災害が発生した場合、対応しきれない。(特に地震・津波)
  • 計画の対象が住民のみで、観光客が意識されていない。

2.計画の内容にかかわる課題

  • ライフライン・通信が長期間・広範囲にわたり断絶した場合の対応が不十分。
  • 帰宅支援など観光客特有の対応計画がない、またはあっても不十分。
  • 外国人旅行者への対応(被災時の言語対応、各国公館との連絡、本国旅行会社・医療保険会社等との対応)が盛り込まれていない。
  • 災害・危機の種類や程度に応じた避難場所・避難ルートが決められていない。
  • 地域の行政や他の事業者、医療機関等との危機対応における連携や協力が具体的に定められていない。

3.計画の実施にかかわる課題

  • 避難マップやマニュアルなどの準備ができていないので、現場で指示の混乱が懸念される。
  • 危機管理に必要な器具・備品や非常食などの在庫が不足している。
  • 計画はあるが、計画にもとづく訓練が十分になされていないので、実際に危機が発生した場合、現場スタッフが迅速・的確に動くことができない。
  • 観光施設単体での避難訓練はなされているが、地域としての総合防災訓練が行われていないので、危機発生時に地域内の他の事業者や行政との連携がうまくいくかどうか懸念される。

4.観光復興(地域としての「事業継続計画(BCP)」)に関する課題

  • 危機発生後のコミュニケーションやそのための事前準備が計画されていない。
  • 災害対応が中心で、被災後の観光復興・プロモーションに関する計画がない。

課題の分析結果により、既存の計画の見直し(追加・修正)で対応するのか、新たな観光危機管理計画を策定するのかを判断するとともに、その実施方法、担当責任者、スケジュール、計画に盛り込む内容の優先順位等を検討する。

3. 計画

観光危機管理計画の策定や、既存の防災計画・避難計画等の見直しにおいて、計画に含めるべき主な項目は以下の通りである。

  • 自社の事業所、お客様、事業所のある地域で起こりうる「危機」(できる限り具体的にリストアップ)と、危機発生時に想定される被害規模。
  • それぞれの「危機」が発生した場合、お客様を迅速に安全に避難・誘導できる体制(地域内の他の事業者、行政機関等との連携を含む)
  • 「危機」ごとの避難場所とそこへの誘導ルート。避難場所となる施設の受け入れ可能性(自社施設が避難場所になることもあり)
  • 「危機」発生時における従業員との連絡方法
  • 「危機」発生時の対応体制と役割分担
  • 「危機」発生時におけるお客様の安否確認、自宅、外国公館等との連絡方法
  • 負傷者を搬送する医療機関と搬送方法(外国人対応含む)
  • 亡くなられたお客様の遺体の取り扱い(特に外国人観光客)
  • 死亡・負傷されたお客様の家族への対応
  • お客様の帰宅支援方法(交通、費用、外国公館対応等)
  • 顧客・関係機関への情報提供の手段、提供する情報の内容
  • 「危機」後の復興に向けた準備体制
  • 「危機」後、事業再開までの従業員雇用に関する対応

個々の事業者・業界団体は、これを基本にそれぞれの事業の特性に応じた項目を検討する必要がある。例えば、レンタカー事業者であれば、車両を貸し出した利用者が、危機発生時に、どこにいて、どのような状況であるかを把握することが、その後の対応のために不可欠であるが、その方法を具体的に検討するなどである。

国や自治体、業界団体は、個々の事業者や観光地域が、より有効な観光危機管理計画を策定できるよう、先行事例の紹介やモデル地区・事業者の指定、モデル計画の提示を行うことが期待される。

4. マニュアル・ガイドブック

危機管理計画をもとに、現場の担当者にわかりやすい危機管理マニュアル、危機管理ガイドブック等を作成する。そうすることで、現場スタッフに危機管理計画が浸透しやすくなるとともに、危機発生時にすぐに参照・利用が可能となる。

マニュアルとともに、お客様に配布したり、施設内に掲示する避難マップを作成しておくことが大切である。避難マップの作成にあたっては、発生が予想される危機に応じた一次避難場所までの安全な避難経路と避難方法を確認し、避難所の受け入れ態勢も確認しておく。

避難マップは、日本語のほか、外国人観光客が想定される場合には、英語、中国語(簡体、繁体)、韓国語表記のものも作成しておくとよい。特に緊急の場面において、日本語での案内・誘導を正確に聞き取ることができにくい外国人にとって、自国語で書かれた避難マップがあれば、ことばがわからなくても自分の身の安全を図ることがしやすい。また、非常時に外国人観光客に指示を伝えるために、「建物の中は安全です」とか「津波が来ます。誘導に従って直ちに避難してください」などのことばを多言語で記載したカードを作っておくと、その場に外国語ができるスタッフがいなくても、外国人をより確実に避難誘導できる。

マニュアルには、避難や誘導の方法のみならず、現場の避難誘導体制(だれが、どこで、どのように誘導する)を記載し、その内容が誘導担当者(法人・個人)に徹底されていなければ意味がない。自力での避難が困難な身体障がい者、高齢者、子どもコミュニケーション面でハンディのある外国人、視覚・聴覚障碍者等の避難時の支援についても検討し、マニュアルに記載しておくとともに、これらの方々が避難しやすいツールなども用意しておくべきである。

さらに、観光・旅行客の帰宅支援や、顧客・関係機関への情報提供等、観光危機管理計画の内容も可能な限り記載しておくとよい。計画そのものを最初からマニュアルとして記述したり、Q&A方式のガイドブックにすると、危機に直面している状況で確認したいことがすぐに探し出せて、情報が得られやすい。

5. 訓練

以前のレポートで紹介したJR東日本やTDR®の事例のように、普段から危機対応の訓練を積み重ねておくことによって、危機発生時に現場スタッフが状況を正しく判断し、躊躇なく行動できるようになり、危機による被害やマイナスの影響を最小限にすることが、観光危機管理の目指すところである。

訓練を実施する際には、予め危機管理計画・マニュアルにもとづき、避難・誘導などの責任者・担当者を指名し、それぞれの役割を明確にしておく。シフト勤務を導入している事業所では、シフトごとに担当者を指名して、いざ危機が発生したら、その日は避難・誘導責任者が休みの日で不在だった、などということにならないようにしておく必要がある。 訓練は、危機管理計画・マニュアルにもとづき、想定される災害・事故に応じた避難・誘導訓練を実施するが、従来は消防等の指導による火災避難訓練しか実施していない事業者が多いと思われる。

火災と地震・津波、台風等の危機の種類、事業の性格、事業所の所在地などの条件によって、危機が発生したときに、避難する、しないも含めて対応が異なるので、可能な限りそれぞれのケースに応じて訓練を実施しておく方がよい。宿泊施設のように、365日24時間お客様が滞在している事業所の場合、なかなか訓練を実施するタイミングを見出しにくいが、東日本大震災の記憶も新しいので、訓練の必要性を説明すれば、滞在中のお客様の理解は得られやすい。

訓練は、各事業者が個別に実施するだけでなく、地域を挙げた総合訓練の実施も検討すべきである。火災などを想定した避難訓練は、個々の事業所と消防等でほぼ完結できるが、地震・津波、大雨・土砂災害、噴火、航空事故などの危機は、その影響・被害が地域の広い範囲に及ぶことから、地域の自治体、宿泊施設、観光施設、交通機関、医療機関、通訳、警察・消防等が参画する総合訓練を実施し、いざという時にすぐに連携して行動できるようにしておくことで、対応の遅れや漏れが生じるリスクを軽減できる。

訓練は、あわせて避難・誘導・救護ツールの使用方法の確認、非常食在庫の確認などを行うのによい機会である。せっかく備蓄した非常食の消費期限が切れていたとか、避難器具が古くなっていて使い物にならない、などということを防止するためにも、定期的な訓練時にこれらの動作確認や非常食の補充などを行っておくとよい。

危機管理の訓練は、避難・誘導のみならず、従業員・スタッフの安否確認、緊急時用ウェブサイトの運用なども含めておくと、実際に危機が発生した場合の事業所内外とのコミュニケーションを迅速に、円滑に進めることができる。

6. まとめ

観光にかかわる地域・事業者が連携して観光危機管理計画を策定し、危機対応体制を整え、必要な準備と訓練を行っていくことにより、安心・安全なデスティネーションとなることは、我が国が観光立国を実現し、観光による地域の活性化を持続的に推進していくための基礎となる。

観光危機管理計画には、危機発生時の避難・誘導・救護のみでなく、観光客の安否確認・帰宅支援、コミュニケーション計画、観光復興に向けたプロモーションや人材育成、コミュニティー支援などが含まれる。
策定された観光危機管理計画は、それをもとしたにマニュアル・ハンドブックで具体的に現場スタッフに提示されるとともに、訓練を繰り返すことによっていざというときにすぐに対応できるようにしておくことが肝要である。