共創観光のすすめ

近年の急増する訪日外国人観光客の話題と並行して、「オーバーツーリズム」さらには「観光公害」といった課題が注目され始めている。観光客誘致による地域の活性化への期待は依然大きいものの、観光客の局所的集中や行動モラルによって、地域の生活環境や自然資源、文化資源等々への悪影響が問題視されているが、現状では地域、観光地側の課題や対策として取り上げられるに留まっている。本稿では一方の観光客の立場から観光地を大切にすることを楽しむ「共創観光」という新たな旅行スタイルを考えてみたい。

中根 裕

中根 裕 主席研究員

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目次

1.世界のキーワードである「持続可能性」

2015年9月、国連本部において「国連持続可能な開発サミット」が開催され、「我々の世界を変革する持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された。そしてその中で2030年を期限とする17の目標、SDGs(Sastainable Development Goals)が設定された。それを受け日本では翌年2016年5月に「SDGs推進本部」の設置が閣議決定され、さらに地方創生に向けた自治体のSDGsの取組を推進するため、2018年6月に「SDGs未来都市(29地区)」並びに「自治体SDGsモデル事業(10地区)」が選定されている。

勿論SDGsは観光に限った目標ではないが、選定された都市の中には観光地として成熟し、それ故にオーバーツーリズムが社会課題となっている都市(観光地)も含まれている。

2.SDGs未来都市鎌倉とオーバーツーリズム

神奈川県鎌倉市は日本を代表とする歴史文化資源に支えられた観光地であるが、SDGs未来都市そして自治体SDGsモデル事業に昨年選定された。鎌倉市は約17万人の人口を抱え、東京への通勤圏という立地にありながら、鎌倉時代からの地勢を残しつつ、その中に100を上回る寺社が存在している。鎌倉市が策定した「鎌倉市SDGs未来都市計画」においても、その独自性を意識し「歴史的遺産と共生するまちづくり」を掲げ、「共創型未来都市(Co-creation Town)」を目指している。その鎌倉市は40km2という限られた市域に年間2,000万人を超える観光客が訪れ(ただしこの数値は複数施設利用者の合算で実数ではない)、道路渋滞が以前から問題視されていた。また渋滞だけでなく、鎌倉駅と江ノ島、藤沢を結ぶ江ノ電は行楽期には電車2~3本待ちは当たり前という大混雑のため、沿線住民の生活に多大な支障をもたらしている。鎌倉市ではこれらの対策としてICTを活用したロードプライシングの検討や、住民の優先乗車社会実験などに取組み始めたところである。

さらに問題は観光客の数や集中だけでなく、観光客のマナーの問題も指摘されている。人気アニメの舞台であるスポットで観光客の写真撮影による車道占拠、線路への立ち入り等の迷惑行為や、混雑した参道での食べ歩きによる衣服への汚損、などといった観光モラルが問題視されている。これら観光マナーは決して外国人観光客に限った問題でないが、鎌倉市は2019年3月議会で「鎌倉市公共の場所におけるマナーの向上に関する条例」が議決され4月1日から施行されたところである。条例は罰則規定があるわけでなく、観光客と事業者に対するあくまで宣言、お願いに留まっている。ただし具体的な行為(迷惑撮影行為や食べ歩き等)に対して自治体が「やめましょう」と宣言を発したことは注目すべきことであろう。

これらオーバーツーリズムに対する取り組みは世界各地で広がっている。デンマークの首都であるコペンハーゲンは、観光地としても非常に人気が高い都市であるが、市は2017年に「THE END OF TOURISM」というショッキングなタイトルの観光戦略を発表した。要は従来のスタイルのツーリズムでなく、目標の一つに「ひとときの土地暮し」をあげ、5つの観光戦略の最後に「住む人が幸せであり続けるための“観光”を目指す」としている。住民・生活者と同じ視点の観光を目指す趣旨であり、まさに持続可能な観光と地域を目指すことである。

こうした観光地での行動モラルの問題は受け入れ側の「お願い」が限度で観光客の意識に頼らざるを得ないのだろうか?

THE END OF TOURISM

3.地域ならではの資源・生活文化を大切にする旅

2011年の東北大震災ではその年に延100万人近くのボランティアが訪れたという(社会福祉法人全国社会福祉協議会発表資料による)。他の震災や自然災害に際しても数多くのボランティアが全国から駆け付けているのには頭が下がるが、被災地に対するボランティア旅行は、観光旅行と別次元の旅と位置付けられている。しかし被災地に対してだけでなく一般の観光旅行の中でも観光地を大切にし、護る行動を加えることは出来ないだろうか?

内外の旅行会社の企画旅行でも社会貢献をテーマとした商品は少数だが募集されている。アメリカを拠点とする「REIアドベンチャーズ」ではボランティア休暇(Volunteer Vacation)として、世界的な自然公園を指導者の元でトレイルしながら木道を修繕したり清掃したりするツアーを企画している。旅行者として自然を満喫しながら、その自然を護りたいという思いから修復に汗を流すことが楽しみであり、旅の満足感となっているのであろう。

4.観光の原点とゴール“自己実現”

わが国の国内旅行は戦後の復興の象徴として急成長してきた。その当時は年に一回でも旅行が出来ること自体が歓びであり、旅行先や旅行形態は大手旅行会社の団体旅行任せでも満足出来た時代であった。やがて一人一人に余裕ができ旅行に対する経験が重なってくると、求める旅行も多様化してきたのは当然の流れである。個人化、多様化、十人十色と言われた時代である。しかし近年になり個人が主体の観光客は、一般の観光資源や観光地だけでなく、観光地と称されない地域に興味関心をもち、話題となる現象が出てきている。旅行者は決して従来の観光資源や観光地に飽きたわけではない。自らの住まう地域と違った異郷の地域の環境や文化そして生活に興味を持つようになったのである。「観光」の語源と言われる易経の「くにの光を観る」という観光の原点に近づき始めたのでないだろうか?

アメリカの心理学者A.マズローの理論で「自己実現理論(欲求5段階説)」が知られている。70年以上前の論文で一部には批判的な意見もあるが、未だマーケティングの分野では知られている理論である。これに第二次世界大戦以降の我が国の観光旅行の変化を対比してみると実に興味深い。戦後の復興から大衆化そして個人志向に移ってきた日本人の観光旅行が、この5段階の実現欲求に則れば、「自己実現の欲求」の手前に来ているとも思える。観光で自己実現とは単によそ者、お客さんとしてでなく、地域の生活者と同じ視点や生活感を学び、地域の人達が大切にする生活・環境・文化そして観光資源を(まさに「くにの光」を)、地域の人と一緒になって大切にし、護ることに自己実現の欲求と満足が潜んでいるのでないか、という仮説である。

先に述べた鎌倉市にあてはめれば、鎌倉時代を今に伝承する寺社人文資源を学びながら地元の人と共に磨く、清掃する、整える。一方の海浜の自然資源でもゴミ、ガラス拾いしながら「ビーチコーミング(砂浜の漂着物を観察したり採取する活動)」を楽しむ、といった旅行である。「休みを取り金を払って来た客がなぜゴミ拾いをせねばならないのか?」と思われるかも知れない。しかしこれはボランティア旅行というより、観光を通じた自己実現という満足感を発見する旅とならないだろうか?
地域を愛し誇りに思い大切にする住民と同じ目線に立ち、一緒に参加・体験するという観光を「共創観光」として広げることができるのなら、先の観光マナーの問題も、「人の振り見て我が振り直せ」から「良貨が悪貨を変えていく」に繋がると期待するのは綺麗ごとだろうか。

マズローの自己実現理論

ビーチコーミング

砂浜のゴミ拾いしつつ漂着物をみつけ楽しむ
写真提供:NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団

共創観光とは