𝑥 Tourism “Tourism×社会トレンド” ~ネオ・シェアリングエコノミーへの転換~

近年の観光産業は、交流人口拡大だけではなく、長期的な訪問者と地域との関係性の構築、まちづくり、他業種の参入による市場変化への対応、持続可能性を考えた観光振興などへの対応が求められています。そのためには、長期的な社会や技術、生活者の動きを視野に入れたビジョンが不可欠です。社会トレンドのシナリオづくりに20年以上関わった経験から、今後の観光と社会や生活者の変化のポイントを紐解きます。

早野 陽子

早野 陽子 主席研究員

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目次

1.「現在」を考えるために長期的な視野がより重要となる

これまでの観光産業、特に旅行会社などでは、他の産業と比較して、あまり長期的にみた社会や技術の変化についての考察(社会トレンド)が重視されてこなかった、という印象があります。決してそれが悪いという意味ではありません。背景としては、商品のライフサイクル期間の違いがあると考えられます。例えば製造業の自動車などで言えば、新車の開発期間に3~5年、新車として売り出してからモデルチェンジまで5~8年程度。最近では、モデルチェンジまでの期間がさらに長期化する傾向にもあり、合計すると10年以上先まで、今現在開発している商品が現役の商品として「旬」でなければいけません。そこで、「10年、20年先の社会がどうなっているか?」ということが非常に重要な観点になるのです。旅行に関して言えば、そこまで商品のライフサイクルが長いわけではないため、将来を見据えて商品やサービスを開発するよりは、むしろ足元の旅行者のニーズに柔軟に対応できることの方が重要だったということではないでしょうか。
 しかしながら、旅行のありかたも少しずつ変化してきました。交流人口だけではなく、長期的な訪問者と地域との関係性を視野に入れた関係人口の構築、まちづくりそのものとの関わり、他業種の進出によるこれまでにない市場変化への対応、持続可能性を考えた観光振興など、これからの観光においては、長期的な社会や技術、生活者の動きを視野に入れたビジョンが不可欠と考えます。
 ここでは、社会トレンドのシナリオづくりに20年以上関わってきた経験から、今後の観光と社会や生活者の変化におけるポイントを紐解いてみたいと思います。

2.大きな幹(潜在的な欲求)を見つける

社会や生活者の動きをお話する際、「それって、ずっと前から言われていることで、全然新しくないよね。それがトレンドなの?」と言われることがよくあります。
 確かに、ずっと前から言い古されているようなことは、あたりまえで特段、面白みもないように感じられるかもしれません。しかし人間の心理的な側面から考えてみると、消費者は何らかの理由がない限り、与えられた刺激(商品やサービス)に対して反応を示すことはないのです。例えば、スマートフォンの出現によって、人々の情報の取り方、コミュニケーションの仕方など、様々なライフスタイルが変化しましたが、そこには、場所や時間に制約されずに情報を取りたい、相手の状況などを気にせず、もっと気軽にコミュニケーションを取りたい、といった潜在的な欲求があり、それに技術やサービスが呼応することで、大きく人々の意識や生活を変えることとなりました。
 まずは、そのような社会トレンドの根底となる大きな幹(潜在的な欲求)があり、そこに社会環境の変化や新しいテクノロジーが掛け合わされたときに、新しい枝(トレンド)が伸びるのだと考えられます。

3.消費者の声からは現在の延長線上の動きしか見えない

もう一つ、ありがちなこととしては、消費者の声を聞き、消費者のニーズにもとづいて将来の商品やサービスを考えよう、というものです。しかし消費者にできるのは、あくまでも現在ある商品やサービスの範疇での判断であって、まだ存在していない商品やサービスを想像して、それを欲しいと答えることはできません。消費者の声を聞き、商品やサービスづくりに活かすことはもちろん大切ですが、消費者の声にとらわれすぎると、新しい技術などを活かした斬新な商品やサービスを生み出すことへの阻害要因にもなりかねません。回り道のように感じられるかもしれませんが、消費者のニーズから直接将来の変化を考えるのではなく、まずは潜在的な欲求が何かをとらえ、そこに今後の社会環境の変化や新しい技術が掛け合わされたときに、消費者がどのように反応をするのかを読み解くワンステップがシナリオ作りの鍵となると考えています。

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4.「リスクを回避し、閉塞感から抜け出したい」欲求が高まっている

ここ数十年における、社会環境や消費者の意識を改めて整理してみたいと思います。経済的には、バブル崩壊とともに右肩上がりの時代が終わり、長期的な低迷が続きました。アジアを中心とした新興国の勢いに押され、国際的な競争力も下がっています。また、少子高齢化による年金への不安や格差の拡大なども大きな社会課題です。日本財団が2022年1月~2月にかけて実施した、世界6カ国との比較による「18歳意識調査」の結果では、日本の将来について「良くなる」という回答が13.9%と、6カ国の若者の中で最も低くなりました(中国:95.7%、インド83.1%、イギリス39.1%、アメリカ36.1%、韓国33.8%)。数年前に当社でZ世代、ミレニアル世代を対象として実施した調査でも同様の結果が出ており、特に若い世代では、将来に対してあきらめにも似た感情が広がっているのかもしれません。
 経済以外の側面としては、大地震や自然災害の多発、新型コロナウイルスを始めとした新しい感染症の広がりも、人々の不安を助長させる大きな要因となっています。
 このような環境から、日本の消費者は極めて大きなリスクや閉塞感を感じながら暮らし、何とかそこから抜け出したい、あるいは、少しでも居心地のよい状態に身を置きたい、という欲求を抱えていることが想像できます。

5.テクノロジーの進化や社会システムの変化は、日常生活における選択肢を飛躍的に広げた

では、そのような欲求に掛け合わされる「テクノロジー」や「社会システム」はどのように変化してきたのでしょうか。近年、最も大きな変化をもたらしたのは、やはりスマートフォンの出現であると考えられます。人々は情報やコミュニケーションをとる時間や場所から解放されました。SNSなどデジタル上にある様々な「コミュニティ」に所属し、複数の居場所を持つこともできるようになりました。最近よく耳にするようになった「メタバース」もその一つです。これまでにないほど多くの情報や居場所などの出現が、ライフスタイルを大きく変えたと言うことができます。
 社会システムの変化としては、ダイバーシティの推進や働き方・学び方の多様化による影響が大きいと考えられます。進学⇒就職⇒結婚⇒退職、といったある一つのライフコースを歩むだけではなく、複数の仕事を掛け持ちしたり、会社を一回辞めて学びなおしをしたりするなど、柔軟にライフコースを選ぶことも珍しくなくなりました。人々は閉塞感にさいなまれながらも、日常生活においては多様な選択肢を手に入れることが可能になったのではないでしょうか。

6.新たなステージへと進むシェアリングエコノミー

次に、「リスクを回避し、閉塞感から抜け出したい」という欲求を持つ消費者が、「多様な選択肢」を手に入れたとき、どのような化学反応が起きるのかを考えてみたいと思います。まず想像できることとしては、人々は、身の回りにあるリスクや閉塞感から逃れるために、より居心地のよい場所を求め、複数の場所でその時々の状況に応じて適応したい、という意識がより強くなってくるのではないか、ということです。所属するSNSごとに自分自身の「キャラ(性格)を使い分ける」、といった声もよく聞かれますが、そういった傾向はより強まると考えられます。また、所属するコミュニティで居心地よく過ごすために、自分自身が大切にする「価値観」を共有できることがコミュニティを選ぶ基準として重要となりそうです。
 また、自分自身が変わるだけではなく、居場所そのものも柔軟に変化することを求めるのではないでしょうか。
 その結果が何をもたらすかについては、色々な意見があるかもしれませんが、私自身は、シェアリングエコノミーが新たなステージへと転換するのではないかと考えています。これまでのシェアリングエコノミーは、モノや空間、スキルなどの「遊休資産」を共有し、効率化を図ることが主な目的でした。あくまでも、使っていないものを使いたい人に提供するのが前提だったのです。
 しかしながら、コロナ禍で一気に広がったオンライン化の流れは、時間や空間のあり方を大きく変えました。自宅のリビングスペースは、ある時は家族のくつろぎの場に、ある時は会議室にと、パブリック・プライベート空間の境界線が曖昧になりました。一つの居場所でも、状況や目的に応じて柔軟に使い分けられることが求められるようになっています。
 このようなことから、「遊休資産」だけにとどまらず、使用している資産であっても同時に共有する、あるいは、資産そのものが変化することによって、別の目的にも使用されるなど、シェアリングエコノミーの範囲が大きく広がると考えます。

7.旅行へのインパクト

旅行・観光に関しても、複数の目的や状況に柔軟に対応できる空間や滞在施設、コミュニティなどが求められるようになると予想します。例えば、宿泊施設などでは、コロナ禍によって、定額制で利用できるサブスクリプションサービスが広がりましたが、東急が2021年に提供を開始した「tsugi tsugi(ツギツギ)」は、「『ただいま』と帰る場所をツギツギと巡る、旅するような暮らし方」をコンセプトとし、旅と暮らすの境界線を曖昧にする「多拠点移動型」という新しい考え方で人気を呼んでいます。
 また、新潟県三条市のコミュニティスペース「えんがわ」は、壁のない出入り自由な空間にレストランや休憩スペースが設置され、様々な世代が活発に交流する場となっています。
 地域創生という観点から、交流人口(旅行者)と定住人口(居住者)の中間的な位置づけとして、ある地域に思い入れを持ち、継続的な関係性を築く「関係人口」が注目されていますが、そういった人を惹きつけるためにも、状況や目的に応じ、アメーバのように柔軟に変化が可能な「居場所」づくりが、今後の観光にとっても重要なのではないでしょうか。