地域アクターとの共創による交流拠点づくり―千葉県 市原DMOの試み―

本稿では、地域志向のアクターたちによる個々の実践を支援し、協同して「観光地域づくり」を進めている (一社)市原市観光協会(以下市原DMO)の取り組みを事例として取り上げ、今後の観光・交流による地域づくりにおける地域DMOの在り方について考察します。

吉口 克利

吉口 克利 主席研究員

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目次

1.「観光まちづくり」、「観光地域づくり」から交流の場の共創へ

「観光まちづくり」の議論が活発に行われるようになったのは1990年代からです。その背景には、主に旅行会社が主体となり旅行者を発地から“送客”するマスツーリズムの時代から、地域が主体となり旅行者を“誘客”する時代への移行がありました。この時期の「観光まちづくり」論では従来の観光産業や観光関連団体だけでなく、地域社会と観光の関係が問われるようになり、観光と地域の調和、持続可能性など、地域での観光の在り方が議論されるようになりました。その後2000年代に入ると、人口減少による地域の存続が大きな課題となる中で、経済効果を重視する議論が増し、ビジネスとしての観光を推進する組織や人材の確保・育成が重要なテーマとなります。そして現在においてはより実践的・実利的方法論が議論の中心になっています*1。

2015年に制度化された「日本版DMO」は、2020年に「観光地域づくり法人」と名称が改められました。同時に示されたガイドライン*2では、より実践的な機能強化が求められ、DMOの登録基準が厳格化されました。DMOに期待される「観光地域づくり」では、当初の「観光まちづくり」の議論に見られた地域主体での内発的な取り組みとしての「観光まちづくり」の視点が失われ、直接的な経済効果だけには収まらない「観光」、「交流」の持つ幅広い可能性が狭められているようにも感じます。

一方で、コロナ禍を経て、地域の持続可能性、それに伴う観光の「量」から「質」への方向転換、関係人口やワーケーションといった新たな交流の在り方の模索など、当初の「観光まちづくり」の議論において理念的に語られていたことが、具体的な取り組みとして語られ始めました。それに伴い、地域DMOにおいても、地域内のアクターたちによる個々の実践の価値を見出し、協力関係を作ることで、狭義の「観光」ではなく、地域として幅広い意味での交流の場を共創していく柔軟な取り組みが求められているのではないでしょうか。本稿では詳細は触れませんが、この流れはP.F.ドラッカー等が示した「知識社会」への移行が求める組織の在り方の変化とも共通しています*3。 以下では市原DMOの取り組みを取り上げ、ポストコロナにおいて様々な軌道修正が求められるであろう、「観光地域づくり」における地域DMOの在り方について考察します。

2.コロナ禍での市原DMOの取り組み

市原DMOは、2019年からDMO設立の準備が始められ、地域の主要な観光関係者やまちづくり関係者による委員会での議論を経て、2020年3月に候補法人として地域DMO登録を行いました。立ち上げ直後からコロナ禍に見舞われ、形成計画で描いた取り組みをそのまま進めることは難しい状況でしたが、市原DMO執行責任者(市原市観光協会専務理事)の池田氏が中心となり市のプロジェクトとの連携を図りながら様々な取り組みが行われてきました。

市原市は、日本を代表する工業地域を有し人口が集中する北部エリアと、市原市のキャッチフレーズにもなっている「世界に一番近いSATOYAMA」が地域の人々に守られ・育まれてきた南部エリアに分けられます。南部エリアは養老渓谷周辺の丘陵地帯や温泉、養老渓谷まで田園の中を走る小湊鉄道、ファミリーが訪れる「市原ぞうの国」などの観光スポットの他、ゴルフ場の数は日本一を誇り、豊富なスポーツ施設での合宿も盛んです。
 しかし、南部エリアでは少子高齢化、若者の地域外への流出が続いており、観光においては、首都圏からの日帰り客がメインで経済効果が低いこと、持続的に集客できるコンテンツが少ないことなどが課題となっていました。また、里山の保全を支えてきた地域住民の高齢化による後継者不足なども大きな課題となっています。

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SATOYAMAを走る小湊鉄道 (一社)市原市観光協会提供

市原DMOは主にこの南部エリアの資源、コンテンツを「里山文化」に結び付け、都会人のオアシスを目指した「観光地域づくり」を進めることをコンセプトとして、多くの観光資源やコンテンツ、地域内のアクターによる新たな取り組みをいかに地域の活性化に結び付けていくかという視点で、新しい仕組みづくりを考え具体的に実践し始めています。例えば、北川フラム氏を総合ディレクターに迎え小湊鉄道沿線地域において2014年からトリエンナーレ形式で実施されている芸術祭「いちはらアート&ミックス」は、国内外のアーティストが集まる首都圏でのアートイベントとして注目されていますが、池田氏は、“地域への効果を考え仕掛けづくりを行わないと、地方の偏った芸術祭になってしまう”として、3回目となる2021年秋の開催では、芸術祭に合わせた特別感のあるツアー提供などの仕掛けを企画しました。
 また、ゴルフ場の宿泊施設を活用したワーケーションの実証実験、重点ターゲットとしている東南アジアからの旅行者を想定したムスリムの受入環境整備など、様々なアイデアをスピーディーに実践しています。コロナ禍における様々な取り組みの中でも筆者が特に注目しているのは、市原DMOのコーディネートにより南部エリアの中央に位置する加茂地区(高滝湖エリア)を中心に進められている新たな交流拠点づくりの取り組みです。

3.地域志向のアクターたちの実践を地域の取り組みにつなぐ

地域の少子化に伴い廃校となっていた高滝小学校を活用する地域活性化を検討していた市原市は、2018年に民間企業による提案を公募しました。その結果、グランバー東京ラスクグループによるグランピング施設と洋菓子工房として旧校舎を活用する案が採択され、2021年4月に高滝湖グランピングリゾートがオープンしました*4。 都心からほどよく離れた自分たちだけの空間で、誰にも気兼ねせずに語り合うことのできるグランピング施設は、コロナ禍で友人との語らいすら自由にできなかった首都圏の若い女性たちを中心に、オープン当初から高い稼働率を維持しています。その他、市原市への企業・人材を呼び込む「いちはら未来創造プログラム“いちミラ”」や、南部エリアへの移住、企業誘致、空き家の利活用を進める「いちはらライフ&ワークコミッション」など、2020年から南部エリアの活性化を目的とした市の施策が展開されています。
 そのような中で、2021年6月に高滝湖周辺の事業者と行政、市外の事業者による「高滝湖企業連携プロジェクト」がスタートしました*5。 池田氏がコーディネーターとなり、高滝湖グランピングリゾートの他、空き家のリノベーションを行う設計会社、農園を活用して交流拠点づくりを行う事業者、ゴルフ施設、宿泊施設など、地元の事業者が業種を超えて集まり、高滝湖周辺への企業進出や移住定住の受入基盤づくり、交流の拠点づくりを目的とした議論が定期的に行われています。プロジェクトの継続的な展開に向けて、2022年3月には、取り壊しが決まっていた築50年以上の建物を改修し、「高滝湖コーポレートオフィス」としてプロジェクトの活動拠点を立ち上げました*6。 現在では、取り組みに魅力を感じた市外の旅行会社やIT、通信関連の企業なども加わり、様々な視点から新たな展開が議論されています。

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高滝湖グランピングリゾート  (一社)市原市観光協会提供

このエリアで代々守られてきたくぬぎの雑木林に、2022年5月にオープンした「星野農園」では、雑木林や周辺の田畑を活用し、収穫体験のできるブルーベリー園、人数を限定したキャンプやBBQスペース、雑木林の中にテーブルを置いた軽井沢を思わせるカフェなど、ゆっくりと交流の空間が整えられています。オーナーである星野氏は、この地域で愛されてきた野菜“加茂菜”を絶やさない取り組みとして、漬物など加工品の販売を考えましたが、流通に乗せるためには個々の農家による加工は許されず、設備等の規制もあり躊躇していたところ、市原DMOが設備負担を補うことになり、加茂菜存続の取り組みも始められました。
 また、2022年3月にはクリエイティブ・ディレクターの岡篤郎氏が、空き家になっていた加茂地域の段々畑の中にある古い民家を改装し、映像スタジオをオープンしました。これも、加茂地域の文化を愛する市原市出身の3人の若者たちが、増え続ける加茂地区の空き家をなんとかしたいと立ち上げた、空き家と移住希望者をマッチングする会社(開宅舎)*7の取り組みをDMOが支援して実現したものです。開宅舎代表でデザイナーのT氏、環境デザイン工学を学び地元の活性化に取り組むK氏、食料問題や環境問題に興味を持ち、海外と地域をつなぐコーディネーターとして活躍するH氏など、クリエイティブな若者たちの実践には今後の地域の可能性を感じます。

このような取り組みについて池田氏が、“けっこう手間ひまのかかることですが、DMOが事業者支援などをする上で一番大事なことだと認識して取り組んでいます。市内の多くの方(個人、事業者)と日常的に会い、その会話や事業相談・打合せの中から原石を見つけ出し、先見性を検証し、いいものは積極的に支援をします。そうすることで、その事業者さんだけではなく、将来的にその業種や業界に多くの効果やメリットをもたらすと考えています。”と語るように、地域内のアクターたちの個々の取り組みにDMOが価値を見出し、エリアとしての取り組みに繋げていく、エリアのアクターたちとの連携をコーディネートすることで、確実に南部エリアの交流の基盤ができつつあります。

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星野農園上空から ブルーベリーガーデンと高滝湖を望む 撮影:2021年6月 星野農園提供
(星野農園公式HP:https://www.hoshinofarm.net/

4.「観光地域づくり」の新たな視点

旅行者ニーズの多様化をもたらす社会構造の変化、価値観の変化への対応を考えた時、地域志向でクリエイティブな実践を行う地域内アクターたちは地域にとって非常に重要な資源になると思われますが、大上段に入込客数や観光消費額等のKPIを掲げ、「観光地域づくり」として地域を牽引していこうとする従来型の「組織」志向の考え方では、地域内アクターの価値を見逃してしまうばかりか、逆に、彼らからの理解も得られないのではないでしょうか。その意味で、行政やDMOとしての方針は掲げつつも、地域内の様々なアクターたちの試みに価値を見出し、それを支援し、地域の取り組みとしてつなげていく池田氏の実践は、これからの「観光地域づくり」の在り方として非常に示唆的です。

コロナ禍を経て地域の観光振興にもサスティナブルな視点の導入が求められるようになりました。冒頭で取り上げた初期の「観光まちづくり」における観光と地域の調和、持続可能性などの理想論的な議論から、地方の衰退を前提とした経済効果偏重の実利的議論を経て、地域を想うクリエイティブなアクターたちと共に、各地域の状況や時代の潮流に応じて、地域における幅広い観光・交流の可能性、「観光地域づくり」の在り方を議論し実践するステージに地域DMOは立っているのではないでしょうか。

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築51年の建物を改装した高滝湖コーポレートオフィス (一社)市原市観光協会提供

<参考文献>
*1 堀野正人,2016「観光まちづくり論の変遷に関する一考察 : 人材育成にかかわらせて」地域創造学研究
奈良県立大学研究季報 27(2), 65-91奈良県立大学研究会
*2 観光庁,2020「観光地域づくり法人の登録制度に関するガイドライン」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001340677.pdf
*3 「知識社会」やそこにおける人々の価値観の変化等についての参考文献
-P.F.ドラッカー,2007『断絶の時代 来たるべき知識社会の構想』ダイヤモンド社、
-山崎正和,2006『社交する人間 ホモ・ソシアビリス』中公文庫
-R.フロリダ,2014『新クリエイティブ資本論』ダイヤモンド社  など
*4 2022年1月,市原市「市原市旧高滝小学校を活用した地域活性化プロジェクト」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000788924.pdf
*6 2022年3月,市原市「南いちはらに企業の連携拠点「高滝湖コーポレートオフィス」をオープン」
https://www.youtube.com/watch?v=GAgkSfmAs18
*5 高滝湖連携プロジェクトサイト https://laketakataki-project.com/
*7 開宅舎サイトhttp://kaitaksha.com/about/
・市原市観光協会サイト https://ichihara-kankou.or.jp/