高等学校での「観光ビジネス」教育のはじまりがもたらすもの

今年3月、文部科学省より学習指導要領の改訂が発表されました。高等学校では産業界で求められる人材育成のための職業教育の充実が重要項目の一つにあげられ、必修科目ではありませんが、商業科では「観光ビジネス」が教科に加えられることになります。ここ数年企業の業績にインバウンド消費が指標になるなど日本経済におけるツーリズムの存在感が増しています。しかしその一方で、観光の現場を担う人材の不足が課題となっています。今回の改訂で観光産業に携わる立場から、期待と課題を整理してみました。

三ツ橋 明子

三ツ橋 明子 主任研究員

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目次

1.2020年に高等学校(商業科)で「観光ビジネス」が教科に

全国で商業科のある高等学校は623校、単独学科(商業高等学校)は172校で、生徒数は195,190人です(文部科学省2017年5月現在)。今回の指導要領の改訂で、高等学校(商業科)で「観光ビジネス」を2022年から教科として新設することができますが、すでに20年ほど前から、学校設定科目として普通科や総合学科などで「観光」関連の授業を行っている学校もあり、専門学科名に「観光」を含む学科を持つ高等学校も11校ほどあります。観光地やリゾート地の近くにある学校が多いですが、キャリアコースの一つとして設定している学校もあります。学科の設置のきっかけは、地域の産業に求められる人材の育成や、地域と連携した体験学習で地元への愛着を育むこと、学校の特色となるような教科の一つとしたい、などが挙げられますが、指導に関しては、正式な教科でない中で、各校が工夫して取り組んでいるのが現状です。

新学習指導要領における「観光ビジネス」の指導内容は、下記のとおりです。

<高等学校学習指導要領 第3節 商業「観光ビジネス」より抜粋>

    目標:商業の見方・考え方を働かせ、実践的・体験的な学習活動を行うことなどを通して、観光ビジネスの展開に必要な資質・能力を育成することを目指す。
    内容:観光ビジネスの動向・課題を捉える学習活動及び観光ビジネスに関する具体的な事について多面的・多角的に分析し、考察や討論を行う学習活動を通して、企業で行われている観光ビジネスについて理解を深めることができるようにすること。観光ビジネスに関する理論を実験などにより確認する学習活動及び観光ビジネスに関する具体的な課題を設定し、科学的な根拠に基づいて観光の振興策を考案して提案などを行う学習活動を通して、観光ビジネスに適切に取り組むことができるようにすること。
    項目

  • 観光に関する消費行動の変化による観光の多様化について
  • 観光振興の組織について
  • 観光ビジネスの各主体に関して、役割や業務などの概要及び関連する法規の概要
  • 観光ビジネスにおけるホスピタリティの概念と重要性
  • 観光ビジネスにおける接客方法と接客マナー
  • 緊急時の対応体制の構築など安全管理について
  • 観光の振興と地域社会におけるまちづくりとが連携することの意義
  • 観光需要や観光目的に対応したまちづくりについて

出典:文部科学省 高等学校学習指導要領

2.現在の観光教育 先生個人の工夫と努力に支えられている学校設定科目としての観光

正式教科になった場合の教科書については2020年に向けて準備が進められていくことと思いますが、どのくらいの学校が教科として選択するかなどが見えない今、まだ詳細は見えていません。現在、学校設定科目として観光を教えている学校は、各校が工夫して教材を選んだり、先生方の手作りで教材を作成したりしているのが実状です。

当社は、長年にわたり観光教育のための教材や学習ツールを製作・販売してきたことから、高等学校での観光教育の教材としてもいくつかの教材が利用されています。高等学校で利用が多いのは、「観光学基礎」と「日本の宿おもてなし検定」(受験のための教本)です。「観光学基礎」は、これから観光を学ぶ学生が最低限習得しておく必要がある基本的な事項で構成されています。

「観光学基礎」目次より
1.観光を学ぶ意味
2.観光の様々な効果
3.観光に関わる言葉
4.観光の仕組み
5.観光資源と観光対象
6.様々な観光ビジネス(運輸・旅行・宿泊など)
7.観光政策と行政
8.マーケティング

また、「日本の宿 おもてなし検定」は、「接遇によるおもてなしのレベル」を初級・中級・中級実技・上級の4段階に設定し、Web試験及び実技試験(中級・上級)により各級の認定を行う検定試験です。旅館・ホテルの社員を中心に毎年約4000名が受験していますが、全受験者の約10%が高校・専門学校・大学の学生や一般企業です。高等学校においては資格取得に取り組む学校もありますが、観光の事業者側の立場やおもてなしとは何かを学ぶための教材としても利用されています。

現在、観光を教えている先生方の悩みには、「教科書がなく教材は教員の手作り」「観光の現場の状況や生徒への指導方法を知るための助言者の不足」「地域との協力のあり方」「高校生は観光を楽しむお客さんの視点になりがち」などがあります。

今夏、全国商業教育指導者研修会で、話をさせていただく機会がありました。毎年行われている商業高等学校の先生向けの5日間の研修会における講話のテーマの一つに今年は「観光」が選ばれ、各県における指導的立場にある商業科の先生方に観光と経済のつながりを中心に話をしました。先生方からは、「観光ビジネス」を商業の見方・考え方から指導するにあたり、観光と他の産業を結びつける接点の見つけ方や、訪日外国人の増加など生徒や地域にとって身近な話題と観光ビジネスとの関連、日本の社会や経済に与える影響について知りたかったといった声が聞かれました。これらがこれから観光を教える先生方にとっての課題となるのではないでしょうか。

3.観光を学ぶことがもたらす将来への可能性の広がり

今地域では、いわゆる従来型でない観光として、農家民泊や古民家体験、地域の生活文化を体験するなど、地域住民と訪問者の交流が起こっています。観光の多様化によるこれらの場面で、地域で育った新しい若い力は地域と訪問者を結ぶ存在として、必要とされるのではないでしょうか。「観光ビジネス」を地域の現状の中で学び、地域の現状を日本や世界と結びつける知識を得ることは、地域で役立つ力をつけることにつながります。また、インバウンド消費により、地方工場などでも投資は活発です。平成30年版の観光白書でも「日本経済における存在感が高まりつつある“観光”」として、多くの産業における輸出の増加や製造業などの全国各地での投資の例が紹介されています。これからは、観光への理解を持つ人を増やすことは観光業に限らず、大切なことであると思います。

 

観光教育の教材はこちら
  観光学基礎
  日本の宿 おもてなし検定公式テキスト<初級>
  日本の宿 おもてなし検定公式テキスト<中級>