ユニバーサルツーリズムの観点から考える「合理的配慮」

2021年5月に「改正 障害者差別解消法」が成立し、今後3年以内に民間事業者には「合理的配慮の提供」が努力義務から義務化されることになりました。本コラムではユニバーサルツーリズムの観点から、「合理的配慮」とは何か、義務化にあたり今後どうすべきなのかを考察します。

勝野 裕子

勝野 裕子 主任研究員

印刷する

目次

障害者差別解消法は「国・都道府県・市町村などの行政や、会社やお店などの事業者が、障害のある人に対して、正当な理由なく、障害を理由として差別することを禁止する法律」で、2016年に施行されました。今年5月には「改正 障害者差別解消法」が成立し、今後3年以内に民間事業者には「合理的配慮の提供」が努力義務から義務化に移行されます。法律で義務化といわれると、何をすればいいのか身構えてしまう人も多いのではないでしょうか。本コラムではユニバーサルツーリズムの観点から、「合理的配慮」とは何か、義務化で今後どうすべきなのかを考察します。

なお本文では、「障害」と「障がい」と2つの表記を使用します。当社グループは人に対しては「障がい」と表記し、法律用語及び社会にある障害・障壁に関しては「障害」としています。出典元の表記はそのまま使用します。

1.障害者差別解消法における「合理的配慮」の分かりにくさ

合理的配慮とは英語では「Reasonable Accommodation」つまり「理に適っている、的を得ている配慮」を意味します。障害者差別解消法では、行政民間事業者に対して障がいのある人から、バリアを取り除くために対応を求められた場合、負担が重すぎない範囲で対応する「合理的配慮」が求められています。合理的配慮とは、配慮を必要とする側と提供する側の両者の意向が合致した状態と捉えられます。その状態となるには、次の3つの条件が揃うことが必要です。

(1)配慮を必要とする側にとってバリアとなっている「社会的な障壁」を取り除くための措置であること
 (2)配慮を必要とする側の「個別のニーズ」に合っていること
 (3)配慮を提供する側の「過重な負担にならない」こと

これらを満たすのは、具体的にどういう状況が想定されるのでしょうか。
(1)については、例えば車いす利用者が、階段しかない場所で困っているとします。階段がなければ困らないので、この場合の社会的障壁は階段です。車いす利用者にとってのバリア(=階段)を取り除く必要があります。
(2)については、よくある誤認として、視覚に障がいがある人から「トイレに案内してほしい」と言われたら、多機能トイレを案内してしまうことなどが挙げられます。視覚に障がいのある人にとって広いトイレは、どこに何があるかわからずバリアだらけです。個別のニーズに合っていないと的外れな配慮になってしまいます。「障がいのある人は同じようなことで困っている」という思い込みを捨てることが重要です。
(3)については、配慮を提供する事業者側の負荷を憂慮しています。事業者に対して、「配慮を求められたら、どんな無理難題にも対応しなさい」と要求しているわけではありません。

以上の条件が揃うには、対応を必要とする側、配慮を提供する側の両者のコミュニケーションが不可欠です。階段で困っている車いす利用者を見かけたら、「どこに行きたいか」を伺う。「階段の上に行きたい」と回答があっても、その階段をすぐにバリアフリー化するのは事業者にとって難しいことです。その場合、別のルートを案内するなど、困りごとを解決していくための合理的配慮を提案・提供するプロセスが必要です。
 しかし考えてみると、こういったコミュニケーションは普段行っていることのように思われます。法律やガイドラインには合理的配慮の明確な基準や線引きはなく、その点も身構えてしまう一因のように思えます。ではなぜ義務化となり、義務化だと何が変わるのでしょうか。

2.なぜ、民間事業者に対して合理的配慮を義務化したのか

2016年4月に施行された「障害者差別解消法」の2つの大きな措置のうち、「不当な差別的取扱いの禁止」については行政・民間事業者とも「義務」ですが、合理的配慮の提供に関しては、行政は「義務」、民間事業者は「努力義務」とされました。
 法案成立時の内閣府の障害者政策委員会における議論を確認すると、合理的配慮を民間事業者に対して義務化する上で、何をどこまでやればよいのか、基準の不明確さが大きな論点だったようです。まずは行政機関のみ法的な縛りの強い「義務」とし、司法の判断を仰いだ事例などを蓄積し、「法律施行から3年経過した時点で見直しの検討をする」という附則を付けて法律は成立しました。
 その後、改正に向けた委員会による検討の中で、国連が採択し2014年に日本が批准した「障害者の権利に関する条約」では、合理的配慮が障がい者の社会参加のために義務化されているのに、法案で事業者が努力義務では整合性が取れないということが議論の中心になりました。結果、障がいのある人に対して必要な配慮が出来るのにやらないのは、不当な差別にあたるという方向性が示されました。事業者団体も「社会通念上、事業者がつくった社会的障壁は取り除いていかなければいけない」との考え方のもと義務化に合意し、「改正 障害者差別解消法」が成立しました。義務化により民間事業者にはより一層、自分たちがつくった社会的障壁に気付き、解消に向けた取り組みをすることが求められます。必要な配慮が出来るのにやらないことを防ぐための措置と考えられます。

3.いち早く条例で義務化した東京都の取組み

今回の法改正に先立ち、東京都はいち早く2018年10月に合理的配慮の提供を義務化しました。都は2013年に東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、2020東京大会)開催が決定されてから、多様なお客様をお迎えするにあたり、ハードとソフトの両面でバリアフリー化を進めてきました。
 東京都は2020東京大会のレガシー「共生社会」を実現するため、誰でも快適に観光を楽しめる都市を目指すアクセシブル・ツーリズム(注1)を推進し、当社も関わらせていただきました。観光関連事業者の意識の底上げを図るため、2018年の合理的配慮の義務化と共に、下記のような事業が行われました。

  • 2016年~ ハード・ソフト面のバリアフリー化に向けた相談員派遣事業
  • 2017年~ アクセシブル・ツーリズム推進セミナーの定期的開催
  • 2017年~ アクセシブル・ツーリズム推進シンポジウム定期的開催
  • 2019年~ 宿泊施設バリアフリー化促進事業(アドバイザー派遣、セミナー開催)

アクセシブル・ツーリズムなどのセミナーアンケート結果をみると、アクセシブル・ツーリズムに対してポジティブに考えるようになった事業者が増えている様子が伺えます。
 なお東京都の取組や各種事業、バリアフリー情報、事業者の取組などは一元化され、「東京都アクセシブル・ツーリズム ポータルサイト 」にて、誰もが見られるようになっています。

東京都の取り組みは、2020東京大会が前提ですが、背景には1964年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、1964東京大会)があります。この大会は世界で初めて「パラリンピック」という愛称を用いて開催されたため、格別の思いがあると考えられます。1964東京大会では、日本の選手はリハビリの一環として病院から参加していましたが、海外の選手は試合が終わると観光を楽しみ、夜はお酒も嗜んだそうです。その姿に衝撃を受けた日本人は多く、日本における障がい者の自立や社会参加が大きく動くきっかけとなったのではないでしょうか。

(注1)「ユニバーサルツーリズム」とは観光庁で利用している呼称で、「ユニバーサルデザイン(誰もが使いやすい設計やデザイン)」と「ツーリズム」の造語です。海外の方には馴染みのない言葉のため、東京都では海外で一般的に用いられている「アクセシブル・ツーリズム」を使っています。どちらも「誰もが旅行を楽しめる取組」という意味です。

4.車いす利用者がジェットコースターに乗っているのが当たり前の光景を目指して

本文冒頭で、合理的配慮には3つの条件((1)「社会的な障壁」が取り除かれている、(2)「個別のニーズ」に合う、(3)配慮側の「過重な負担」にならない)が揃う状態であると述べました。今回の法改正における民間事業者の義務化の最大の目的は、社会的障壁の排除といえます。しかし特にハード面では資金や時間がかかる場合が多く、即対応できるものばかりではありません。また明確な基準が定められないような、個々のニーズへの対応は人の力を借りざるを得ません。過重な負担を避けるような対応が必要です。
 2016年に実施した弊社の調査で、興味深い結果があります。一般の海外旅行者に「旅行先で日本も学ぶべきだと思ったこと」について自由回答形式で質問をしたところ、バリアフリーについてのコメントがありました(図1)。中でも「車いす利用者がジェットコースターに乗っていた」という一文が印象的でした。今の日本の感覚ではその光景が当たり前だと捉える人は少ないのではないでしょうか。
 今後、誰もが住みやすい社会をつくる上で、社会的な障壁を排除するためには、更なる発想の転換が必要です。事業者が「車いす利用者は、ジェットコースターに乗れない」と思い込むと、ジェットコースターは車いす利用者を想定しない形のままです。義務化されると、車いす利用者が「乗りたい」と意思を示した際に、合理的配慮を提供する必要があります。ニーズに沿えない場合でも、合意形成までには多くのプロセスを踏むことになります。大切なのは、ジェットコースターを最初につくる段階で、「車いす利用者の乗車を想定する」という合理的配慮を行うことです。例えば、乗り場までエレベーターがあったり、座席に移る際の段差がないジェットコースターを導入したりすることで、より多くの人の利用が可能になります。
 今後は共生社会を考えていく上で、何かをつくったり始めたりする最初の一歩が肝心になります。固定概念を払拭するために自分自身で見聞きする、経験することも必要です。初めから、誰でも利用しやすい設計やデザインを考えた社会がつくられれば、日本でも車いす利用者がジェットコースターに乗る光景がごく自然になる時代が来るでしょう。

universal-tourism

(図1)海外の観光地から学べること